※ この先、暴力的な表現、それを連想させるような記述があります。そういったものが苦手な方、不快な方はここでリターンしてください。また、司ファンの方も同様にリターンでお願いします。
 

 
 
『 厳密な意味での(婦女)暴行はうけていません。 ・・・しかし、それだけです。 』
 
確かにあの時のク医師の言葉は不可解だった。明瞭簡潔で、非常にわかりやすく且つ繊細に説明していた彼女が、その直前までとは別人が話しているかのような、不可思議な謎かけのような言葉。そしてそれがどういう意味なのかを説明する為に、事件当時の状況を知りたいのだと言ったのだ。
 
そうだった。。俺達が一様に顔を引き締めた時、思いの外サラリとその解答は放たれたのだけれど、その意味は全然サラリと「そうですか」と頷けるようなものではなく、それは、とてつもなく重たい物をポイっと軽く渡された時の衝撃に似ていた。
 
 
『彼女は今現在もバージンです。しかし、最終段階に至らなかっただけで、彼女が傷付けられた形跡がありました。』
 
 
 
目を見開き息を呑んで絶句する俺達の顔を順番に見据え、その言葉の一つ一つが細胞に沁み込むのを待つように、そしてこれから己が話そうとする内容を精査するように一呼吸置いた後、彼女自身が自分の言葉の一つ一つに傷付けられているかのように辛そうに続けた。
 
『複数名の異性にどんな形であれ同時に体に直接触れられた感触をおそらく彼女は皮膚感覚で記憶していることでしょう。なのに救出された当時の彼女は意識を失っており記憶がありません。彼女は精神的には(婦女)暴行をうけたのと何ら違いが無いくらいのショックをうけている可能性があるように思われます。』
 
『それに加えて・・・。会長もご存知だと思いますが、こういった犯罪の被害女性の多くは多かれ少なかれ自分自身に非を見つける傾向にあります。例えば「服装が扇情的だったのだろうか?」や「しぐさが誘ってるようだったのだろうか?」「笑顔で感じ良くしようとしたのが誤解されたのだろうか?」など、キリが無いのです。お分かりですか?これは「オシャレをすること」「親切にすること」「笑顔になること」を否定することにつながるキーワードになって普通のことが普通でなくなってしまうのです。心の傷は時に本人すら無自覚に膿んでいきます。
 
彼女の場合は更に色々と複雑です。犯行現場になったホテルの部屋まで自分の意思で赴いたこと、主犯が恋人であったこと、その相手が記憶に傷害があること、これらは彼女を真の被害者にはさせてくれないような気がするのです。
 
また、彼女は加害者の前ですらも、相手を傷つけることよりも自分を傷つけることを選んでいます。今後彼女が自傷行為に走らないよう注意深く見守ることは必須かと思われます。』
 
ク医師はそれまでの奥歯に挟まったような物言いから一転、淡々と一気にそこまで見解を述べると、今度はモーガン氏に体ごと向き直って質問を始めた。
 
『ミスター・モーガン。彼女は以前襲われた時、それを指示したのは彼だと知っていたのですか?』 
 
『ええ。そう聞いています。』
 
『2人はどのように付き合いが始まったのかご存知ですか?』
 
『彼が強力にプッシュし続け、最終的に彼女がそれに応えた形のようです。実は彼女のことを調査する中で彼とのことは非常に不思議に思っていたのです。
 
彼女は正義感が強く、リーダーシップのある明るい少女で小、中学校でも人気者だったようなのですが、両親の強い希望でスノッブが集まる高校に進学したのです。彼女のご両親はいわゆるブルーカラーだったから大変だったのでしょう。調査では高校入学と共に別人かと思うほど地味で印象の薄い生徒でした。
 
ある時、その学園で帝王のように君臨していた道明寺Jrに目をつけられて、彼の指示で学園の全ての生徒からいじめにあいました。襲われたのもその頃です。
 
彼はその頃から彼女にアプローチをし始めていたようですが、それはそれで周囲から嫉妬や妬みを持って辛くあたられていたようです。唯一の仲間はJrの幼馴染達で、彼らはJrの恋を応援していました。
 
彼女は最初その幼馴染のうちの1人に恋をしたようですが、当時まだお付き合いまでもいっていないはずのJrが2人の事を烈火のごとく怒り狂って彼女とその幼馴染を学園から追い出そうとしたそうです。後に私は、その幼馴染の青年と一緒にいる彼女と初めて出会うことになるのですが、2人はとても信頼しあっていて似合いのカップルにみえたものです。
 
調べていて思いました。Jrに邪魔されなければ、この2人はこのまま愛を育んでいたのじゃないかって。芽が出る前に踏み潰されたんだなって感じましたよ。まぁ、実際は青年は友情を選び、彼女もJrの熱意に応えたわけで、正解も不正解も無いのだろうけれど、この事実を知った時、私は本当にガッカリしたんだ・・・はぁ・・・』
 
ガックリと肩を落として話しながら改めて意気消沈し始めたモーガン氏は、その姿のどこにも大実業家の片鱗はなく、本当に娘の幸せをただただ望んでいる父親のように見えた。
 
『 『 ・・・ストックホルム症候群・・・ 』 』
 
お爺様とク医師の呟きが揃って同じ言葉を紡ぐのを聞いた。
 
『会長も、そう感じられましたか?』
 
『うむ。その学園で彼女が置かれていた状況は、精神的な監禁状態といっても良いだろう。その状態に追い込んだのは他でもない道明寺子息だ。物理的拘束はないものの、両親の期待や経済状況を含めても、彼女に選択肢があったとは考えにくい。君の見解も似たようなものじゃないかね?』