スリョン達姉弟は素晴らしく適応力のある姉弟だった。
そうと決まれば!と、スリョンは<韓国人らしくならねば!>と言い出し、ルークはモーガン氏とNYにサッサと行ってしまった。涙の別れとか、そういうのはこの姉弟にとって存在しないらしく、非常にサッパリとお互いの健闘を称え合って笑っていた。
スリョンとの別れを悲しんだのは寧ろモーガン氏のほうで、親子の情を忘れないようにDaddyと必ず呼ぶことと、1日1回は必ずテレビ電話することを約束させていた。(しつこいほどに)
それでも満足できなかったのか(それとも他に何か意味があるのか?)、お爺様の話によると、モーガン氏の会社の一部を韓国に移すべく精力的に動いているらしい。
モーガン財閥が本格的にアジア進出!?となればそれはアジア経済を揺るがす大事件だが、基本的にスリョンの傍にいたいだけらしいので、仕事に変化はないらしく、これは一部の側近と親しい者しか知らない事実。多分スリョンの安全も考えてこの秘密が外部に漏れる事はないだろう。(ジュンピョもだけど、あのウビンさえ知らないのだから)
スリョンいうところの「崖のおじさん」のMr.村田がモーガン氏の意を受けて『世界のどこにいても普段通り仕事が出来るシステム』を作って対応するのだとか。(スリョンは飛行機飛ばすお金が勿体無いとぼやいている)
トン! トン! トン! トン!
ユサ ユサ ユサ ユサ ユサ
そして・・・今日もスリョンは元気みたいだ。クックックッ
彼女と俺の日課は、彼女が俺を起こしに来るところから始まる(らしい)
スプーンのお化け(彼女はオタマと呼んでいる)を武器に勇ましくやってきてベッドのヘッドボードを叩く。本当はフライパンを叩きたいらしいのだが、未だ右手が不自由な彼女はコレでガマンしているようだ。助かった。
少しずつ覚醒を始める俺を、今度はユサユサと揺らし始める。両肩の怪我がまだ本調子ではないから力が入らない、とボヤくけど、イヤイヤ、これで十分起きられるから・・・(ユサユサされるのが気持ち良くて目を開けないだけだし)
目を開けた俺が最初に見るのは、満開のスリョンの花。今日は顔色も・・良いみたいだな。
そしてポケットから取り出した彼女のNew Item [ iphone ](from Daddy)を俺の眼前にズイッと突きつける。
<Good Morning Jie~(*^_^*)> これが彼女の毎朝の挨拶だ。
なんでジフじゃなくってジィなの?って聞いたらJiffってスペルが可愛くないから。と言っていた。
ククッ名前に可愛いとか可愛くないってあるんだ?
「・・・・ぅん・・。モーニン。スリョン。」 今朝の俺の機嫌も、やっぱり好調。
韓国語に「おはよう」は基本的にない(おはようも、こんにちわも、アンニョンだし)、と言ったらビックリした顔をした彼女との朝の挨拶は、それ以来英語になった。
生まれ変わると言ったスリョンは、あれ以来殆ど日本語を使わなくなった。そして、韓国語の勉強を始めた。彼女と一緒に初めて食事をした時(韓食が彼女のリクエストだった)、ご飯の器を持ち上げて食べようとしたから、お爺様が韓国では器を持ち上げて食べないのが正式なマナーだと教えると、今度は<韓国のマナーや文化も覚えなければ!>といって頑張っている。
口癖のように、私は韓国人でアメリカ人の父がいるスリョン・レイ・モーガンだから。という。
韓国が自分のHOMEなのだと、笑う。
なのに言葉が出来なかったり、文化やマナーを知らないのは可笑しいでしょう?といって。
楽しそうだし、元気だし、いいのかな?と思うけれど、お爺様も俺も本当はそんな彼女が心配で堪らない。
彼女の笑顔は同時にク医師の話を思い出させて、俺は少し胸が縮むような痛みを感じたりもする。
もう、これも習慣化してきたから、少し深呼吸してやり過ごす。
スリョンにばれるとすごく心配するから、顔に出さないように。
でも俺は気付いてる。時々お爺様も同じように変な顔をすること。
きっとそれは、ルークもモーガン氏も同じ思いだろう。
いや、二人は傍にいられない分、もっと辛いかもしれないな。
スリョンの部屋を後にした俺達は、ク医師からの注意事項を聞き、其々の胸中に覚悟見たいなものを抱えつつ、実務的なことはお爺様とモーガン氏が話し合い、俺はク医師と共にルークと話し、彼女の今までの生活の事とか、人間関係の話をしてもらった。俺も、目覚めて直ぐの彼女の様子を話したりしているうちに、ルークが子供の頃から弟みたいにしている無愛想王子と同じ歳とわかり、彼も兄が欲しかったというから、「ヒョン」「トンセン」と呼び合う仲になるのは案外早かった。
(あいつは非常に可愛くないトンセンだけど、ルークは姉のスリョンと似ていてなんだか可愛いし。でも、よく考えると、俺は皇太子と世界一の富豪の跡取りが弟???なんかスゲ。)
とにかく、気付けば俺は 『 姉さんの事をこれから責任を持って面倒見ること 』 を、何故か大真面目に可愛いトンセンに誓っていたんだ。この姉弟はつくづく不思議だ・・。彼らを前にすると、「俺、こんなキャラだったっけ?」みたいなことばかり。そしてそれが楽しいんだから。まったく・・・。
とかとか・・・思い出していたら、スリョンは俺が寝ぼけてると勘違いしたらしく、着替えを用意したり、シャワーの準備をしてくれたり(あ!下着はいいから!自分でやるからっ///)、ちょこまかと世話をしてくれていた。
うーん、面倒を見るのは俺のはずでは?なぜか面倒をみてもらってるし?ごめんトンセン・・と密かに胸中で詫びつつも、こんな毎朝が楽しくて仕方ない。お爺様も同じようで、今では殆ど毎朝一緒に食卓を囲んでいる。主役はもちろんスリョンで、俺達は聞き役だ。言葉の話せないスリョンが主役で無口な俺達が聞き役なんてどんだけ静か?って感じだけど、実際はとんでもなく賑やかだ。言葉が解らない分、スリョンのゼスチャー当てゲームのようなんだ。普通に話せるより絶対に面白い。
「コマウォ スリョン」
驚かさないようにそっと彼女の頭を撫でて、俺はバスルームに向かう。
スリョンは、というと・・・・またトマトだ。(クスッ)
あの日、彼女がスリョン・レイ・モーガンになった日、彼女は真っ赤な熟れたトマトになりながらこう言った。
< ジフが言ってたスリョンって、私の事だったの!? >
< スリョンが咲くのを待ってたって・・・!!/// >
あれ以来、俺がスリョンと呼ぶと、いつもちょっと赤くなる。そして、今みたいに「ありがとう」とセットに使うと、なんでかトマトになる。面白いからなるべくその二つはセットで使うようにしている。
彼女が最初に覚えた韓国語はやっぱり 「 ありがとう 」 で。 彼女曰く、韓国語はありがとうがいっぱいあるらしく、感謝がいっぱいある国なんだね!素敵だね!と妙に興奮していたけど、そんな感想も彼女らしいと思えるようになった。彼女は本当にありがとうを沢山使う。その次に覚えた 「 ごめんなさい 」 の多分3倍くらい?
でも、彼女に言ったら全力で否定された。
< 違う!ありがとうは2番目!一番最初に覚えた韓国語はスリョン!スイレンよ! >
そしてこうも言う。
< ありがとう、ジフ。私はスリョンって名前が好きよ。最高のプレゼントよ。 >
俺の邸は、今日もほんのり赤く染まったスリョンが満開。
ずっと枯れないで。咲いていて。
俺達が、俺が 守るから。
花びらの一枚も散らすことなく、幸せそうに咲いていて。
だって、胸騒ぎがするんだ。君は簡単に散ってしまいそうで。
幻のように綺麗なものはいつだって、すぐに消えてしまうものだから。