玄関まで見送りに出ているスリョンに、ふと思いついた疑問を口にしてみる。
 
「スリョン、今日はヘグムの日だっけ?」
 
フルフルと横に首を振りキョトンとしてるスリョン
 
「だって、コチまでしてるから」
 
そう言いながら、俺は彼女の豊かな黒髪に刺さった蝶々のコチに触れ、少しずれたそれを挿し直す。
 
ああ!と、俺の疑問の意味が伝わったらしい彼女が答える。
 
<このコチ、とても気に入ってて。チェ尚官さんに付け方教わったから。あと、付け毛?もらったし!>
 
「Hairpiece?あ、ほんとだ。髪増えてる(クスッ)。良かった気に入ってくれたんだね?そのコチ」
 
<うん。とっても。きれいだねぇ~。蝶々って好きなの。自由そうでしょ?>
 
「そうだね。うん。やっぱりよく似合う。 それに、キレイなスリョンの花には蝶がいなくちゃだし?クスッ」
 
<ジフはいっつもそうやってからかう!あ!時間が!ほら、バカなこと言ってないでいってらっしゃい!>
 
「本当にそう思って選んだのに・・・。じゃ、いってきます。・・・トマト・・・クックッ」
 
真っ赤な完熟トマトに見送られ、バイクに跨りメットを被っても、まだ笑いの発作が治まらない。
 
 
 
 
外に出られない彼女の為に、俺達はよくネットショッピングをするようになった。
男所帯が長かった俺達の気付かない色々な事を、ヘグムの先生がカバーしてくれることで
スリョンは、本当にスリョンの花が咲き零れるように、1日1日キレイになってゆく。
 
だって、ピニョやコチを付けるのにヘアピースがいるなんて、普通男はしらないだろ?
 
こういう些細なものは、今回みたいにヘグムの先生がくれるかネットで買うことにしている。
本当は使用人に言いつければいいのだけれど、彼女はあまり人を使うのを好まない。
それに、自分で選ぶのが楽しいのだといっては、嬉しそうに画面をあちこち行ったり来たりしてる。
いつもすごく真剣に値段とにらめっこだけれど、本当は彼女は俺よりセレブなはずなんだけどな?
 
そして、お爺様と俺は韓服が好きなスリョンの為に、競うようにチマだチョゴリだ装身具だ、
と贈り物攻撃をしている。我が家の現在のブームなんだ。
いつもの朝食の話題も度々 『 スリョンの欲しいものの探りあい 』 になったりするんだ。
 
「不憫な思いはさせない。我慢なんか絶対させない。」最初はそんな気持ち。
 
彼女はビックリするくらい何も欲しがらないし、何も言わない。
女医や使用人が最低限必要な「女性特有のもの」を揃えてくれていたみたいだけど
それでも、きっと足りないものとか不便な事があったはず。
 
ヘグムを教えに来た尚官は職業柄、仕える相手の気持ちを汲むのが得意らしく
謙虚すぎる彼女のこれまでの不便さも、すぐに気付いて、押し付けがましくなく手助けを始めた。
(彼女は相変わらず何も言わなかったから、俺たちは全然気付かずにいたのだけれど・・・)
 
尚官は、随分歯がゆく思ったりもしたんだろう。そして彼女はスリョンの為の行動にでるようになった。
彼女の気持ちをさりげなく掬い上げては、俺達に忠告という名のアドヴァイスをくれるようになったんだ。
 
最初は、彼女のきっつい言葉と凍てつく無表情(誇張無く、マジで怖かった)に唖然としたし、
スリョンの性格を知ってるようで全くわかっていなかったことに愕然としたしで
お爺様と俺は、ちょっと、いや、かなり凹んだ。
 
でも・・・いえないんだろうなぁ。聞いても、ニッコリ笑って<大丈夫>とか言っちゃうんだろうなぁ。
 
そんなこんなで、お爺様と俺、そしてヘグムの先生は協力体制を整える事になってから正直驚いた。
女の子という生き物は、こんなに 『 磨けばキレイになる 』 のかと・・・///
ほんとうにごめんなさい。スミマセンデシタ。 そんな気分だった。
(余談だが、お爺様は、スリョンが姉とも慕うこの尚官の引抜きに必死だが、常に完敗らしい。)
 
 
最初はそんな反省の意味もあって、もうこれは俺達の使命で義務!って勢いだったんだけど・・・。
 
 
でも、その度に目に一杯涙を溜めて可愛らしく微笑んでくれたり、
嬉しそうに<ありがとう>といいながら、それを宝物の様に抱きしめる姿に。
そして何より、それを身に着けた彼女が、輝くように美しくなっていく、その姿に。
「もっと喜んでほしい。もっと愛らしく着飾らせてあげたい。」なんて・・・クスクス。
 
お爺様は良いけど、俺、オヤジっぽいかも?まぁ、GodFather(名付け親)だし?クス
 
それに、スリョンには秘密だけど、お爺様と俺は今やライバルなんだ。
そう。どっちのほうが、彼女を理解出来ていて、似合うものをプレゼントできるか?っていう。
 
今のところ、お爺様はその財力にモノを言わせて?大物が多く、時々スリョンは困っているみたい。
その殆どがオーダーで、大抵スリョンの刺繍を入れたりしてて、お出かけ着ってスリョンは言うけど
スリョンってば、どこにどうやって出掛ける気なんだ?と、俺たちが心の中で突っ込んだのも、秘密だ。
 
俺は、というと、本当はそれくらい買えるんだけど、スリョンに「まだ高校生の分際で!」と怒られるから
一緒にネットショッピングしてるときに、彼女が気に入りそうな、でも我慢してそうな、そんな小物?
をこっそりリサーチして、後で注文(彼女いわく「プチプラ」という、チープなやつ限定)するから
こうやって普段使いしてくれるし、ちょっとリード?お爺様が少し悔しそうにムクれる姿はレアだよね。
 
 
ククッ。こんなことで俺達が競い合う日が来るなんて、ほんとにスリョンは偉大だよ!・・・ああ、笑える。
 
 
 
 
お爺様がスリョン(睡蓮)の刺繍なら、俺はナビ(蝶)のモチーフを選ぶ事が多い。
最初はさっき彼女に言ったみたいに、やっぱりキレイな花には喋がいないとね?
なんて単純な発想だったんだけど、お守りのモチーフには昔から其々意味があるらしくって
蝶も、そういうラッキーチャームに良く使われるモチーフだから意味があるみたいで。
蝶は 「幼虫~さなぎ~蝶」というように、変化を経て美しい蝶に変わる事から変化と喜びの象徴で
「復活」とか「不死」の象徴でもあるんだそうだ。
 
『 新しい道を開き、美しい自分へと変化する 』
 
俺はこれを知った時、生まれ変わったスリョンにピッタリだと思ったから、
それ以来、我が家の可愛いスリョンは益々ナビに群がられる日々・・・。俺のせいだけど。クス
 
 
 
「あ、そうだ。今日はあれが出来上がってるはず・・・早く欲しいし・・・。取りに行くか?」
 
内緒でオーダーしていたピルケースつきのノリゲ(勿論モチーフは蝶で)が出来上がっていると
夕べ連絡を受けていたのを思い出した俺は、バイクを店の方角に向けた。
最近、彼女のこととなると、途端に軽くなる俺のフットワーク。 マジ、スリョン最強。
 
 
 
 
彼女は発作用に薬を渡されていて、携帯しなきゃいけない。
 
お供のiphoneと一緒に、彼女仕様に付けられたチマのポケット(これも尚官効果)に入っていたのだけど
香入れや薬入れが付いたノリゲがあることを知った俺は、プチプラのを見付け、とりあえずプレゼントしてみた。
それが殊の外お気に召した彼女は、それ以来そのノリゲばかり愛用している。
 
でも、高級な韓服にぶら下がってるとチープさが際立って見えて、ちょっと俺には不満で・・・。
 
そんなに気に入ってるならと、こっそりウチが昔から顧客になってる宝飾店でオーダーして
俺好みのノリゲを作ってもらっていたんだ。初めてデザインもして、その仕上がりが気になってたし。
 
まぁ、たまにはこれくらい許されるだろう、と思い切ったから、結構素材や細工には凝ったけど、
シンプルだし、いかにも高級品です!みたいな派手さは無いから彼女も気に入るはずだ。
 
 
 
大きな瞳をキラキラ輝かせながら、ふわっと花開くような彼女の微笑みを思い出し、
知らずアクセルを踏み込んでいた。