車を出してもらって、後部座席で彼女の小さい体をスッポリ抱き締めて
家の周りを一周することから始まった 【 スリョンのお出掛け大作戦 】 
 
最初は真っ青になって震えるだけで、俺がどんなに話しかけようが
抱き締める力を強めようが、気付いてないほどで、何度も軽い発作を起こした。
 
見ているのが本当に辛くて、俺のほうが「もうやめよう」と何度も思ったし、そう伝えたこともある。
 
なのに、スリョンは「春になったら大好きな桜を見に、ジフとお花見デートがしたいから」と
俺の憂慮を可愛い一言で粉々にし(もちろん嬉しい俺はオデコに約束のキスをした)
それでも心配すると、今度は「ジフがいてくれるから大丈夫。」と、俺が励まされてる始末・・///
 
「発作が起きてから薬を飲むのではなく、安定剤を出掛ける前に飲んでみて。」
「発作が起きそうな気がしたら、紙袋で深呼吸してみては?」 
et cetera・・・
 
等々、状況に応じてク医師がくれる、的確なアドヴァイスを取り入れて
 
俺の腕の中で、嬉しそうに景色を見ることが出来るようになり
手を繋いでいれば、苦手だった人混みも眺められるようになり
俺の運転する車の助手席で、会話が出来るようになり
バイクで、俺の背中に引っ付きながら、ちょっと遠出が出来るまでになった。
 
何度発作に苦しんでも、一度も泣かず、常に笑顔で、彼女はここまで頑張った。
 
それが心配で「泣いても良い。弱音を吐いても良い。」と言えば
「ジフは過保護だ。」と笑い、「あなたがいれば楽しくて泣く暇も無い。」と笑う。
「無理をするな」と言えば、「デートだから楽しんで、何が悪いのよっ?」と返してくる。
 
そして言うんだ。
 
「あなたと一緒に手を繋いで、ソウルの街を歩いてみたいから、頑張るね?」
と。。。ちょっと切なげに微笑みながら。少し頬を染めながら。
 
だから俺は、もう笑うしかない。と腹を括って、毎日スリョンを外へ連れ出している。
こんなスリョンに勝てるわけが無いし、彼女の願いは俺の願いでもあるのだから。
 
こうして、俺達がデートと呼んでるリハビリは、彼女の頑張りで日々進歩していき
今では家の周りや、人通りの少ない公園くらいなら、軽い散歩が出来るまでになっている。
 
俺はスリョンとの散歩コースの開拓が趣味のようになりつつあるのだけど
最近スリョンは屋台での買い食いがお気に入りで、決まったコースが良いのだと言う。
今日はどうだったとか、店の店主と会話して、彼女にとっては珍しい食べ物を食べる、
そういうことが「ここに暮らしてるって感じがして素敵でしょ?」と喜んでいる。
 
実はこの屋台の店主は、お爺様の命を受けて変装しているウチのSPなのだけど、
会話を聞いていると、どうやらスリョンは邸内の使用人達だけでなく、SP達にも人気のようだ。
(だって、こんなセキュリティの厳しい家の近くに屋台があるわけ無いだろ?)
 
屋台のアジョシ以外のSP然としてる者達にも、彼女は毎回笑顔で声をかける。
「お疲れ様」「いつもありがとう」「寒いから風邪ひかないでくださいね」と・・・
最初は無表情(多分驚いていたんだと思う)だった彼等も、今は笑顔で会釈している。
それをまた、スリョンは「家族が一杯いて楽しいね!皆に守ってもらえて幸せね!」
って、俺を見上げてニッコリ笑うんだ。もう・・・本当に可愛くて・・・どうしよう・・はぁ///
 
彼女の「ありがとうの魔法」は俺やお爺様だけでなく、こうして皆を笑顔にしている。
(今、邸の者達は一丸となって、スリョンのハングル上達を手伝っていたりする。)
 
 
それと平行して 【 スリョンちゃんのお友達つくろう会 】 も着々と進行中だ。
(命名はウビン&イジョン。センスが無いとジャンディに突っ込まれていた)
 
 
最初はどうなる事かと心配したが、こちらは粗方順調で
同じ歳グループのジャンディとカウルちゃんとは、早速電話番号やメアドを交換して
「ジフ!メールも電話もして良いって!」と、ピョンピョン飛び上がって喜んだ。
 
スリョンは相変わらず韓服姿で、着こなしも所作も、宮の尚官直伝の見事さだったから
そんな歳相応の弾け具合とのギャップが凄かったらしく、俺達以外の3人が固まった。
 
俺自身がお姫様とやんちゃな少女がクルクル入れ替わるスリョンに、いつも驚かされていたから
皆の驚きは直ぐに理解出来たのだけど・・・。
 
驚く皆に、今度はスリョンが驚いて、何か失敗をしたのではないか?と怯えだし
俺のニットの裾をギュッと掴んで隠れてしまった。
 
だから、スリョンがとても上品で綺麗だったから、こんな風にはしゃぐ姿に驚いているだけで
スリョンはなにも間違った事をしてないから、安心していいんだよ、と説明をしながら
そっと抱き締めて背中を擦り、頭を撫でてやる。
 
ちょっと青白い顔をしながらも、「ほんと?」という風に小首をかしげ俺を見上げるので
「ほんとだよ」という合図にウンウンと頷いてあげると、コクンと頷き安心したように笑う。
 
俺の腕からするりと抜け出すと、東洋と西洋が混ざったようなスリョン独特の美しいお辞儀をして
流暢なハングルで話し始めた。
 
「驚かせてしまって、失礼な態度で、ごめんなさい。私は病気で少し人が怖いのです。
だけど、皆さんが優しくて親切なのは解ります。皆さんに理解してもらえるように、
私も皆さんのことを理解できるように、これから頑張っていこうと思います。
こんな私では皆さんに迷惑をかけることもあると思いますが、どうぞ宜しくお願いします。」
 
この言葉に驚いている3人に、今度は俺が補足説明をした。
 
「スリョンが、自分の口で自分の事を説明して、その上で皆と仲良くしたいと言ったんだ。
これから、自分と付き合えば迷惑をかけたり、嫌な思いをさせる事もあるかもしれないから
ちゃんと、お詫びと挨拶がしたいって。だからハングルで一生懸命練習していたんだよ。」
 
スリョンは知らない事だけど、イジョンは勿論、あの時いなかったジャンディ達にも
彼女の大体の事情を知らせてあったから、本当はこんな事はしなくていいんだ。
自分で自分を「(心の)病気だ」というのは、思いの外辛いものだ。
それでもやりたいと、礼を尽くしたいと言うスリョンを、誇らしく思ったし、尊敬もした。
それに、そんな彼女の思いをしっかり受け止めてくれる奴らだと、信じてもいたから、俺も賛成したんだ。
 
俺の手を握り締める彼女の手はちょっと震えていたけれど、ふんわり微笑んでいたスリョンは
あっという間に飛びついてきたジャンディとカウルちゃんに左右から抱き締められた。
俺はジャンディに突き飛ばされてビックリしたけど、3人の様子を見て思わず頬が緩んだ。
 
泣きながら「スリョンは私達の大切な友達だからね!」と宣言するジャンディと
同じく泣き顔で「誰かに苛められたらイジョンオッパにやっつけてもらおう!」と物騒なカウルちゃんに
「ありがとう。」と笑っているのか泣いているのか驚いているのか?不思議な顔のスリョン。
 
ブッと噴出して笑う俺の隣りではイジョンが苦笑いをしていた。
 
「時間が許すなら夕飯もご一緒に」と控えめに誘うスリョンの嬉しそうな姿を見て、
愛しさが臨界点を突破した俺は、思わずスリョンの腕を掴んで引き寄せ
「スリョン可愛い!嬉しい?よかったねぇ。」と言いながら抱き締めてしまう。
頭に頬ずりしていたら、爆笑しているイジョンと固まる女性陣が目に入った。
 
慌てて俺の腕から逃げ出そうとするスリョンに、ちょっと意地悪がしたくなって
逃げられる一瞬手前でそっと耳元に囁いてやる。
「どこにも行かないでって言ったくせに・・・」って。すごーーーく寂しそうに。
 
ピタリと動きを止めて、俺の顔がその大きな瞳に映りこむくらいジィッと見て
そして「ごめんね、ジフ。うん。ずっと一緒にいて欲しいよ?」と小さな声で
俺の胸にコトンを頭を凭れさせながら、呟いたスリョン・・・///
 
途端耳まで赤く染めた俺から、ニヤリと笑いながら逃げ出した彼女は
「ジフ、あんまり意地悪しないでね?」と・・・・はぁ。負けた。完全に・・・。
ガックリうなだれて見せる俺に、スリョンは勝ち誇った笑みを見せる。
スリョン・・君の後ろのトンガリ尻尾、全然隠れてないみたいだよ?
 
さっきまで笑ってたイジョンと固まっていたジャンディ達は
何故か尊敬のまなざしをスリョンに向けていて・・・
「「「ジフ(先輩)を飼いならす人、初めて見た!!!」」」
と、口をそろえて叫んだ。これを見て一瞬驚いた彼女だったけど
またもや華麗なお辞儀をして「光栄です」と今度はフランス語でお礼を言った。
 
そんなスリョンが可笑しくて俺は爆笑だし、3人はもう、すっかりスリョンのファンになってしまい
当然、【スリョンちゃんのお友達つくろう会】は夕飯まで雪崩れ込んでいったんだ。