ソウルの、とある立派なビルの最上階。
 
好好爺然としつつも、その眼光の鋭さや纏う気配の常でない様から
見る者が見れば「普通の老人ではない」事が隠れようも無い。
そんな4人の『爺さんズ』がここに集結していた。
 
「それにしても、ソンジョ。お前、最近良く会うが、こうも軽々しく出歩いて平気なのか?」
と、中でも一際高貴な居住まいの老人に、大きな瞳が印象的な老人が話しかける。
 
「チェヨンは相変わらずケチ臭いのぉ。儂はとっくに引退した身だし、構わんだろう?な!ソギョン。」
ニンマリと笑いながら、高貴な老人は傍らの頑固そうな老人に言う。
 
「ワシに振るな。ワシに。まぁ、現役の筈の孫息子も3日に空けず我が家で顔を合わすのだし、
爺さんの1人や2人いなくたって、宮も大して困らんだろう?心配は要らんよ。クックッ」
気難し気な風貌が、悪戯そうに笑めば。一気に親しみやすい印象に成り変る。
 
「全く。私はまだ仕事中なのだがね?ここをどこかの老人囲碁Clubと勘違いしてないかい?」
1人毛色の違う深緑の瞳を、その言葉と裏腹に楽しげに輝かせながら白髪の紳士が睨む。
 
「すまんのぉ。クリス。邪魔するつもりはないんじゃが、そなたも忙しい身ゆえ迷惑だったかの?
やはり、ここはソギョンの家で仕切りなおして、スリョンのもてなしでも受けるとするかの?」
 
「はぁ・・・。ソンジョ。そういう意地悪なところはイ家の家訓か家系なのか?
お前の今の顔、うちのチェギョンをからかう時のシンにそっくりだぞ!?」
 
口の端をニヤリと持ち上げ、フフンと鼻で笑うような口調でそんな事を言う高貴な老人に対して
苦虫を噛み潰し、さも嫌そうに言うクリクリ目の老人こそ、孫娘のそれにそっくりな表情だ。
 
「クククッ。シンとチェギョンを見ているようだな。お前達がふざけると日が暮れるからそれくらいにしろ。それから、クリス。解っていると思うが遊びに来たわけじゃない。サッサとその仕事とやらを済ませて
お前もこっちに来い。」
 
こちらも唯一の孫息子にそっくりな、バッサリ切って捨てる物言いで、それなりの地位の男達を、羽毛よりも軽く扱いつつ、その場の空気を一瞬でキリリと締め上げる手腕は見事としか言いようが無い。
 
この中で只1人、愛する子供達と血の繋がらない白髪の紳士も、その優しく思い遣りのある気質や
ふんわりと温かく微笑む笑顔は、娘や息子のそれと、そっくりなのだ。
 
この日、4人の老人達は、彼等が愛して止まない可愛い若者達の将来の幸せの為に
互いに多忙を極める身でありながらも、こうして集まっているのである。
 
 
***** ***** *****
 
 
まず、チェヨンとソンジョの孫同士の婚姻に向けてのアレコレが話し合われる。
両家の合意など2人が生まれた時から出来ていたのだから、本当なら何の問題も無いのだが
王族会は自分達の娘を立后させたくて、ファヨン・ユルに連なる宗親の一部は、シンが婚姻する事によって揺ぎ無い地位の定着になる事を嫌って、互いに利は違えど、反意を示す意味では一致しているという。
 
ロイヤルファミリーが無く、また自由恋愛が当たり前の国で、トップクラスの地位と権力を備えるクリスには
馬鹿馬鹿しくも悲しい人間の性(さが)を剝き出しにして蠢く様は、さながら頭の無い蛇のようで薄気味悪い。
生理的嫌悪で背筋がブルッと震えるが、その顔には憐れみつつも冷たく切り捨てる酷薄さが浮かんでおり
決して恐怖や恐れを抱いてるのではないことは明白だった。
 
ソンジョは悩ましい表情を浮かべるが、この件には常に「アホクサっ」という姿勢で臨むチェヨンは
「だからお前んちは面倒なんだ!いっそシンをウチに婿に出したらどうだ?」と、豪胆に笑う。
それこそシンが聞いていたら、さっさとその煩わしいだけの地位を捨てかねないような恐ろしい事を言う。
 
それでも、決してこの話を反故にしようと言わないのは、どちらの孫も、互いを失っては生きられない事を知っているからだ。どれだけ軽口を叩こうと、それだけは守らねばならない一線なのだ。
 
「いざとなったら勅命で」と。実は簡単に考えていたソンジョだったが、「それでは納得しない者達から、大事なチェギョンが苛められるではないか!うちの姫にお前は苦労させる気か!」とにべも無くチェヨンから却下されてしまうのも、いつもの事だった。
 
とりあえず、シンとチェギョンのことを苦々しくだろうがなんだろうが、王族如きにブツクサ言われないよう
これまでの妃教育の成果を示すべく、披露目のパーティをする事が決まった。
ここをスリョンの披露目にも利用できれば良いのだが、現状のスリョンではパーティは無理だ。
スリョンの事はとりあえず現時点では保留、ということになった。
 
何時までも隠れているわけにはいかないし、高校への編入も既に決まっている。
F4は勿論、その友人達、そして皇太子とその仲間達が姉と慕うスリョンの存在は
長く隠しきれるものではないだろう。ヒトの口に戸は立てられないのだから。
変装をさせれば牧野つくし=スリョンだということは隠せるだろうが、
この交友関係では、想定外の危険に巻き込まれないとも限らない。
 
モーガン家の令嬢という地位は、多くの思惑を誘い、面倒なことが起きる可能性はあるものの
それ以上に危惧されるべき危険に対しての、絶大な抑止力になるのは間違いないのだ。
 
爺さんズは無駄に「お達者倶楽部」宜しく、スリョンと茶を啜っていたわけではない。
自分達が彼女の後ろ盾なのだと、明確にするための準備でもあったのだ。
もちろん、可愛いスリョンとの「お茶」を純粋に楽しんでもいたのだが・・・
 
「シンとチェギョンの話もだが、ウチのジフとスリョンの事も、早く進めてしまいたいんだがな?」
どうだい?とソギョンが水を向ければ苦笑いしつつも頷くクリス。
 
「そうじゃな。あれではいつクリスはジージに、ソギョンは曾ジジィになるか解らんな~」
「おい。チェヨン。何故クリスはジージでワシはジジィなんじゃ!?それを言うなら曾ジージじゃ!?」
「いや、ソギョン。お前はどう見てもジジィというのがピッタリじゃぞ?」
「ほぉ~。ソンジョや。そんな事言ってると、ワシは知らんぞ?」
「何がじゃ?」
「お前とチェヨン。婚姻問題でグズグズしてると、速度違反結婚になるぞ?しかも未成年で。ククッ」
「 「 う゛っ・・/// 」 」
「速度違反?」
「最近、結婚前の妊娠をそう言うそうじゃ♪日本では出来ちゃった婚というらしいぞ♪」
「クックックッ。情報源はスリョンかね?」  うんうん、と楽しそうに頷くソギョン
「しかし、スリョンにそれを教えたのは、なんとチェギョンじゃ♪我が家は速度違反大賛成だと伝えておいたが
ソンジョ、お前のところは・・・大変そうじゃな?(ニヤリ)」
 
暫し黙考していたソンジョだったが、何故かその場の誰もが嫌な予感のする不気味な笑顔を浮かべる。
 
「そ、ソンジョや?お前、まさかおかしなことを考えておらんよな?」
「チェヨンやっ!ワシ達もとっとと曾ジージになってしまうのはどうだ?さすれば反対も出来まい♪」
「反対は出来ずとも、チェギョンが国民に責められるだろうが!!!ばかもんっ!!!」
「チッ。皇太后も喜ぶし、皇孫が出来ればファヨンも手を出せず、反対も抑えられるのにぃ・・・ダメかのぅ?」
「甘えてもダメ!絶対ダメじゃぞ!お前、くれぐれもシンに言うでないぞっ!」
 
((シンもきっと同じ事を考えるだろうから、絶対この話は言わないでおこう・・・))
子供の頃からシンのチェギョン馬鹿ぶりを、嫌というほど知っているソギョンとチェヨンであった。
 
「ところで、ソンジョ。そのファヨン妃だがね、どうやらジョンダオと繋がったようだよ?
想定はしないわけではなかったけれど、思ったより早かったね。噂以上の女狐のようだ。
あの女狐に万が一にも負けるようなことがあれば、韓国皇室は道明寺の二の舞になるのは確実だ。
いいかい?もしも宮がジョンダオに巣食われるような事になれば、一企業のそれとは比にならない。
ジョンダオに一国を左右出来るような力を与えない様にするのは、世界の常識で総意なんだ。
もしも、が起これば、韓国は世界から孤立するよ?事は宮の存亡レベルではないんだ。
そうなれば、私は私の大切なスリョン共々韓国からは一切、キッパリ手を退くからね?」
 
「「「!!!!!」」」
 
ソギョンの息子夫婦の事件では、失望を隠そうともしなかったクリスだが、
彼等との友情を育み、今では彼なりにこの国を理解し、愛してもいる。
大切な友人の大切なモノは、私にとっても大切なのだと、今までも沢山助けてくれていた。
友情を此れほど大切にする男もそうはいないと思う。その彼がこう言うのなら、それは・・・
 
勧告ではなく、最後通牒だ。