・・・・・・これは、発作だろうか・・・・・・
 
ジフはついさっきまでの自分の行動をアレコレ思い出そうとするも断念せざるを得なくなる。
覚えていないのだ・・・もう、一杯一杯っていうか、夢の中っていうか・・・。
 
ただ、感触があれが夢ではなかったと、それが現実なのだと教えてくれる。
そして、体中がザワザワと騒ぐのだ。あの甘美な甘さを再び味わいたいと。
 
「・・・すげー気持ちよかった///。俺、あれだけでヤバかったかも・・・///」
 
キスがこれほどまでに自分の心を奪うなんて、知らなかった。
こんなに甘いなんて、こんなに夢中になるなんて、我事ながら驚いていたのだ。
したことが無いとは言わない。正直それ以上の経験だって普通にある。
けれど、それはどちらかと言うと生理現象とか排泄行為と似ていて
気持ちが良いとかいうよりも、煩わしいものを吐き出すだけで、それ以上でも以下でもなく。
実際深いキスには嫌悪感すらあったのだ。気持ち悪いものだと思う程に。
だから、自分は淡白なんだろうとも思っていたのだけど・・・
 
「はぁ~・・ヤベ。ハマっちゃいそうなんですけど///」
 
絶対に、自分の所為なんだろうなぁ・・・と思いながら見遣るのは
彼女のプックリと赤く腫れた、その唇で。
そっと人差し指で滑るように触れれば、それだけでドクンと心臓が大きく脈打つ。
 
こんな状況で、もしもこれが。
発作なら、発作であれば、発作だとして。(じゃない事を切に願うけど)
俺は・・・どんだけ我慢する事になるんだろうか?ていうか出来るんだろうか?
あれ程までに甘い果実を知ってしまって、可愛い小鳥のキスなんぞ出来るんだろうか?
つーか、そこで自分を止められる自信が、何処を探しても見つからない・・・ちょっと泣きたい。
(はぁ・・・ダサすぎる・・・。俺って本物の変態みたいじゃん???)
 
彼女の枕元に腰掛け、項垂れるジフの背中は悲壮感にも似た哀愁が漂う。
 
そう。彼はたとえ白馬の王子様の様でも(実際愛馬は白馬だが)
優しくて頼もしいナイトのような紳士でも(スリョン談)
お人形みたいに綺麗でも(ジャンディ談)
無表情無感動の能面野郎でも(幼馴染談)
霞を食べて、生活反応なさそうでも(ジェギョン談)
眠ったままで、一万年先まで行っちゃいそうでも(皇太子談)
 
れっきとした生身の10代のナムジャであって
決して(例えそう見えたとしても)、チョシンナム(草食男子)ではないのである。
対スリョンに限定して言えば、けっこうがっつき系の肉食だとすら言える。
 
だからもし。もしも。これが例の発作ならば
愛するが故に、とてつもない我慢をしまくるのは目に見えていて
だから、この背中はもう、なんていうか、うん。仕方ないね。なのである(?)
 
 
ジフがそうやって、黄泉の国の入り口に立った者宜しく「走馬灯」を(本日二度目)巡らせていると
パチリ!と音を立てるようにスリョンが突然目を覚まし、ジィッとジフを見つめて逸らさない。
 
 
「お・・・おはよう。(何だろう、この緊張感・・)」
「ジフ・・・」
「・・・はい。(怖い)」
「私・・・」
「・・・はい。(泣きそそうなくらい、怖い)」
 
「・・・め・・・・・だっ・・・か・・・・」
「・・・メダカ?(魚の?)」
「はっ・・・・て・・た・・・・・」
「貼ってた?(何を?)」
 
「~~~~///。 は、初めてだったから!あ・・・ぁんな、キ・・・・キス・・///」
「あ、うん。・・・スリョン、嫌だった?それとも怖かった?」
「あっ!あのっ!!い、嫌でも、こ、こわ、怖くもなか・・た・・・デス///」
「でも、倒れちゃったし・・・。俺、無理させた?よね?」
「うぅ゛・・・。あの、それは・・・い、息が出来なかった、ダケデ・・酸欠、というか・・・」
「え?///」
「ふぅ・・。あのね、ジフの事、嫌とか怖い、とか全然思わなかったから・・・それに・・///」
「それ、に・・・?///」
「きっ・・・気持ち良かった・・・ってぃぅか・・・あの、・・・その・・・///」
 
倒れたのは息継ぎが出来なかったからだと、ウブウブなことをいうスリョンに
ジフの恋心はいや増すばかりなのに(スリョン馬鹿←皇太子命名)
絶対自分の所為だと凹んでいたところに、まさかの褒め言葉(なのか?)を
愛しいスリョンから頂戴してしまったジフのテンションは、とっくの昔にMAX越え。
 
 
 
「スリョナ♪可愛いっ♪良かったよ♪♪嫌われたかと不安だったんだっ♪♪
これから2人で一緒に、もっともっと気持ちよくなろうねぇ~~~~♪♪♪」
 
 
 
果てしない安堵で、何処までもキャラ崩壊中のジフも
「実はジフって経験豊富?」と目眩く女性遍歴絵巻を妄想中のスリョンも
たった今ジフの放った爆弾発言の意味に、気付くまでに暫しの時間を要したが。
 
気付いた時にはすっかり開き直ったジフがいて。
『もう、俺。何にも怖くないから♪そして、我慢もしないから♪』とばかりに
スリョンを布団からほじくり出し、膝に乗せ、髪を撫でたり、頬ずりしたり
どこぞの熱帯魚のように、チュッチュッと口にキスしたり。やりたい放題で。
 
もう、吃驚するのも疲れたとばかりに、クスクス彼女が笑い出せば
これまた蕩ける甘い笑みと、低音の、腰に来るような甘い声でもって
「スリョナ。愛してるよ。」とか耳元で囁きまくるのだ。もう最強だ。
 
この2人、晴れてプロポーズを済ませたばかりの恋人同士なわけなので
いちゃら、こちゃらしてしまうのは分らないでもないのだが・・・
 
習うより慣れればいいのだと、もう何度目かの愛情タップリの深ーいキスに
またしても朦朧とし始めたスリョンだったが「くぅ」という不思議な音で我に返る。
それはジフも同じだったようで、ペロリと目の前の赤い果実を一舐めすると
名残惜しそうに、少しだけ身を離しながら、ハテナ顔をする。
 
「あ・・・あの。お腹へっちゃったみたいで・・・///」
 
その途端、2人の脳裏で今の今まで忘却の彼方にすっ飛ばしていた
ソルラルを思い出し、おじいさんの存在も併せて甦る。
そして。狸がポンポコ踊るのを思い浮かべたジフは、同時に凄く大事な事を思い出していた。
これを忘れていたら、絶対あの狸に「詰めが甘い」と嘲笑されるに決まっているのだ。
ワタワタと慌てだすスリョンを宥めつつ、ポケットの中から重大ミッションを取り出した。
 
「本当は、墓参りの時に渡そうと思ったんだけど・・・」
奇しくも狸と同じ事を呟きながら、それを掌に無造作に載せて差し出す孫狸。(でなくジフ)
 
それから、スリョンが両親の墓参りに行ってくれていた事を祖父から聞いて
とても嬉しくて幸せを感じた事。祖父も同じ思いだった事。
この指輪は、その時祖父に渡されたもので、本来祖母のものだった指輪を、母に贈られ
その母はいつか自分のお嫁さんに渡すのだと言っていた事。
だからこそ、スリョンに貰ってほしいのだ、と祖父が言い、自分も是非そうしたいと思っていると、
一生懸命、その顔を火照らせながら、説明した。
 
「あ・・ありがとう。こんな嬉しいプレゼントは、生まれて初めてよ・・・・」
 
そう言って、乾いたはずの瞳をまた涙で一杯にしながら、とびきり甘やかにフワリと微笑み
とても高価なモノを恐る恐る触るような慎重な手つきで、小さいほうの指輪をそっと手に取ると
「ジフが、つけて?」とお願いをするスリョン。
 
結局お互いの指にお互いが填めあってみれば、不思議な事に誂えた様に互いの指にピッタリで
自分達と、ジフの両親の、其々の指が同じサイズだったのか?と驚嘆する。
こんな事までが、運命のようで、両親にも祝福されているようで、二人は幸せそうに微笑んだ。
 
 
 
そして、手を繋ぎ、指を絡め、祖父の許へと2人で歩いていく。
これからずっと、この手を繋いでいくのだと、決して離さないのだと。
この人に守られ、この人を守り生きていくのだと。
 
静かに、深く、胸に刻みながら ―――--‐