ふわり。はらり。と白いものが舞う。真っ黒い空から。
 
首が痛くなるほど上を見上げれば、何処からとも無く
ただ、地面だけを目指して、無心に降り落ちるそれは
宇宙空間に放り込まれたかのような、不可思議な感覚を呼ぶ。
自分の周りには上下も左右も無くて、ただポツンとそこに在るだけ。
そんな感じ。
 
決して積もることも無く。音を立てることも無く。
明日になれば、それが存在した事実さえ夢のように消えてしまう。
何のために降るのか。
真冬のそれのように、自分を誇示する事も出来ないのに。
 
花は、誰かに褒められたくて美しく咲くんじゃない。
その日、その時、咲かなければいけないから咲くだけだ。
綺麗だとか、散るのが惜しいだとか、そんな感傷は
花からしたら、余計なお世話なのかもね?
いや、きっと、それさえもどうでもいいこと。
咲く日が来たから咲き、散る時が来たから散る。
 
そう、誰かが言っていた。ならば多分。
今日が降るべき時だから降っているんだ。
そして、消える日だから消えるんだ。
そこに意味なんか無くて、感傷はきっと無粋だ。
 
 
 
「綺麗だな・・・風花か・・。どおりで寒いわけだね。」
「スリョナ、お前、まるで天女が空に帰ってしまいそうだ・・。」
「何処にも行ってはダメだよ。俺を置いて消えたら許さないから。」
 
耳元でそう呟かれ、抱き締められていることに気付かないでいた事に気付く。
まるで自分自身の体温のように自然だったから、わからなかった。
今は、お互いの香りも混ざり合い、溶け合って、1つの香りになってしまったから
いつもは安心する彼の香りがわからない。きっとそれはこの人も同じだ。
 
「何時から起きてたの?こんなに冷えて・・・。もう少し眠ろう。」
 
少し不機嫌にそう言うと、ひょいと膝裏をすくわれ、抱き上げられる。
それが当たり前のように、彼の首に腕を回し、その広い胸に抱かれ心音を聞く。
コトコトコト。もしかしたら、私の心臓も、同じ音を。同じ間隔で・・・。なんて思う。
 
確かに1つに溶け合った私達は、目覚めてみれば、やっぱり2つに分かれていたけれど。
溶け合うべきだったから溶け合い、その時が過ぎたから2つに戻った。それだけ。
そこに感傷は、きっと無粋だ。
 
2人の、特に彼の温もりが残るベッドの中に押し込まれ、後から潜り込んで来た彼に
ギュウギュウに抱き締められる。それは労わりだけがそこにある抱き方。
私を欲しがって煽って揺さぶる彼と。只管に守り労わり癒し暖める彼は同じだけど違うことを
私は今しがた、知ってしまったから。違いがわかる女になってしまった。クスッ
 
「なに?何が可笑しいの?」
「ん?違いがわかる女になったの。」
「え?どういうこと?」
「んーー。今度、教えてあげる。それより、起こしちゃった?」
「いや。ウトウトしてただけ。気がついたらお前居ないし・・・焦った。」
「どうして?」
「そりゃ焦るでしょ。初めて抱いて、目覚めたら居ないってさ・・。
・・・いやだったのかな、とか・・下手だったんだろうか・・とか?・・・とにかく凹む。」
「えっ。そ、そういうものなの!?」
「そう。だから見回して、窓のとこに居たのはホッとしたんだけど・・」
「けど?」
「今度はあれに焦がれて、溶けて消えてしまうんじゃないかと・・・・・笑っていいよ?」
「笑わないけど。私、あなた以外と溶けたくないし、溶けられない、と・・思い・・マス・・」
「・・・あ、りがと・・ゴザイマス・・」
 
ハァ・・天然には全戦全敗だなぁ・・ってそれ、どーゆう意味?
聞いているのに、クスクス笑って答えてくれない。まぁいいわ。
 
「それより、辛くない?こことか。」
「う゛。何と言うか・・・横になってると鈍くジンジンするくらいなんだけど・・ね・・・」
「横になってるとって・・・起き上がると、どうなの?」
「ああ・・うん・・・。立ってるだけならいいんだけど、歩くとズクンズクンって鋭いのが・・・」
「もう・・・。明日は1日歩くなよ!移動は抱っこ。決まりだからね?俺のせいだし・・」
「や!違うから。ジフのせいじゃ・・それに、ね?この痛みがあるってことは・・・」
「・・・まさかお前、やっぱ気にしてたの?」
「んー。気にしてたっていうか・・・でも、違っててホッとしたのはホント。半信半疑だったし。
こんな痛いの初めてだったから、すんなり納得出来たみたい。理屈抜きで。
よかった。私、大事なもの、ジフにあげられて♪」
 
こんなに、ってそんなに痛いの?と心配そうな声で私の下腹部を優しく擦り続け
ごめんな、優しくできなくて・・と頬にキスをしてくれる。
それから、「スリョンだ」って事に違いはないんだし、初めてに特別な拘りはなかったけど
それでも、お前にこの痛みを与えたのが俺であった事は、誇らしいくらい嬉しいんだ、と
照れ臭そうに、教えてくれた。
 
ねぇ。知ってた?あなた、何度も私を「お前」って呼んでるの。
ジフはいつも名前で呼んでくれていたから、なんだかあなたにそう呼ばれるのは
「俺のもの」って言われてるみたいで嬉しい。
 
そう言ったら、お前も俺を「あなた」って呼んでるの気付いてる?
それこそ「こいつは俺のもの」って感じですげー嬉しいんだけど?と笑った。
 
「「違わないって思ってたけど・・全然違うよねぇ(なぁ)~~・・・」」
「「え?」」
「くっくっくっ」 「ふふふっ」
 
そうなのだ。見るもの感じるもの、考え方もその捉え方も、
こんなに変わるとは思えない程で・・・なかでも違うのは・・・
 
「今まで愛してるって言われても、何処か不安で怖かったのに・・・」
「俺もずっと怖かった。いくら言葉で約束しても、言った傍から消えてしまうようで・・」
 
ああ、そうだったのか・・・今の私だから解った事。こうならなければ解れない事。
頭では、理解してても拭いきれなかった不安の影の訳。
 
「私ね、昔。知り合いに突然忘れられたことがあるの。」
「その人に忘れられた事がショックだったんじゃなくて、
自分が誰かに存在を忘れられた事がショックだった」
「でもね、私、ジフに忘れられたら、きっと生きていけないだろうなって思ってた。」
「だけど、だから不安だったのかも。言葉だけの関係は・・・。」
「どうしても、あなたに忘れられたくなくて、刻み込みたかったんだわ。全身全霊で。」
 
最初は吃驚していた彼だけど、話終わる頃にはうーんとちょっと考えて。
「俺、例え記憶を無くしても、お前に触れたら手が覚えてる。
触覚や嗅覚、五感全てがお前を求めるような気がする。」と言ってから
ヤバイよね。知らないと思う女を見て、俺、きっと欲情するよ?そう耳元で囁くのは・・・
反則じゃないのかな?
 
私に触れる触れ方が、また熱を帯びる。
ソロリと私の下半身に手を伸ばした彼は、私が、自分でも解るほど反応してる事に
少しだけ驚いて、それから「ね、もう一度入りたい。いい?」と。
 
痛いかもしれない。まだ辛いかもしれない。
でも、この人がもっと欲しい。その欲求は全てを超越していて、逆らえない。
返事の代わりに1つ頷いて。私のほうから彼の首にしがみついていった。
 
 
 
体中を絡め合って、それでも足りないとばかりに、指と指とを絡めて、
私達が漸く眠りについたのは、白々と夜が明ける頃。
 
 
あの風花はもう止んでいて、在ったという痕跡すら残さずに消えていた。
でも、私は、漆黒の空一面に舞い散る白い花びらのような風花を、多分一生忘れない。
私が白いシーツに朱を散らした夜、黒い空に真っ白な雪が舞った、という事を。
 
 
感傷ではなく、色彩のコントラストとしてなら、きっと無粋じゃないだろう。