お妃教育といっても、まだやっとまともに話せるようになってきたばかりの5歳の子供。
 
礼儀作法だの、訓育だの、と肩肘張ってガツガツやるという訳ではなくって
基本的には 『遊びの延長』 のようなイメージで進められている。
 
 
ただ、その根底あるルールが六芸(易・書・詩・礼・楽・春秋)の儒教の経典に基づいていたり
昔話として聞くお話が、実は朝鮮王朝の歴代の王様の話だったりする “だけ” だ。
 
 
そういった宮独特の勉強とは別に、実は韓国国内では有数のお嬢様でもあったりするチェギョンが
宮と関係しなくても、その人生できっと受ける事になるだろう、所謂英才教育的なものは
シンと競うように進んでいる事が起爆剤となって、既に小学校1,2年生レベルに取りかかっている。
 
最近、2人の学力が均衡している事が判った為、来週からは一般的な意味での 『教育』 は
シンとチェギョンの2人が机を並べて教わる事になっている。(学友としての本領発揮だ。)
 
同時に、何れパートナーになるのだったら、最初から一緒に習う方がいいだろうとの配慮で
ウィンナーワルツ等のダンスや社交マナーを習う時間も合同となった。
 
 
チェギョンはそのキラキラした笑顔や、屈託の無い素直な性格で
シンの傍に仕える者以外の職員達にも好意的に迎えられている。
 
 
特に可愛がってくれる顔見知りの者達も増えてきたこの頃では、
休憩時間になると、チョコチョコと出歩いては彼等との交流を深めるのを楽しむようになって
庭師に秘密の抜け道を教わったり、水刺間の女官からはお菓子をもらったり、
イギサのお兄さんや女官見習いのお姉さん達には、こっそり遊んでもらったりする。
 
 
 
「皇帝陛下の親友のお孫さんであるチェギョン嬢は、皇太孫殿下の生まれた時からの幼馴染で、
ご学友内定が決まっており、急激な生活の変化にシン殿下が過度のストレスを感じないよう
配慮され、慣れ親しんだ友人として、ご一緒にお勉強をされる事になった為の参内である。」
 
 
 
という説明が、コン内官によって抜かりなく通達されていた為、チェギョンが参内する事に
疑問の声はあがらなかったが、皇族でも職員でもない一般人のチェギョンが宮にいる事に、
最初は戸惑う者も少なくは無かった。
 
しかし、チェギョン本人の不思議な魅力のお陰で、彼等の戸惑いはあっと言う間に消え去って
無口で表情の変化に乏しいシンよりも、ずっと彼等に、そして宮に馴染んで寛いでいる。
 
 
どんな場所でも楽しみを見いだして、周囲の者に親しみ、馴染んでしまう天性の明るさは
神様がチェギョンに与えた素敵なプレゼントに違いない。
 
 
そんなチェギョンを、皇帝夫婦も皇太子夫婦も可愛がっていて、チェギョンのいるところは
いつでも人の笑い声が聞こえるという、宮では些か珍しいとも言える状況なのだが、
最近では普通に見られるようになってきていて、それを見かけた者達も
「ああ、チェギョン様がいらっしゃるのだな。」と、当たり前の事の様に受け止め、驚く事は無い。
 
 
なかでも入宮して以来殆ど笑顔らしい笑顔を見せないミンは、特にチェギョンを可愛がり
チェギョンの傍にいる時だけは、優しく、そして明るく微笑む。
 
 
それは、実の娘や息子の前でも殆ど見せない姿であり、そんなミンを皆は内心不思議に思うが
チェギョンといると自分達とて、顔が綻ばずにいられないので、皇太子妃様も同じなのだろうと
然程深く気に止める事もなかった。
 
 
 
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今日もチェギョンは休憩時間を利用して、仲良しの庭師のおじさんのところへ向かっている。
 
 
数日前、お花の球根を植え替えると聞き、「きゅうこんってなぁに?」と問うと
「では、今度の金曜日、一緒に植え替えをされますか?」と誘ってくれたのだ。
 
その事をチェ尚官に言ったら、早めに、そしていつもよりも長めに休憩をくれて
赤いスコップと、可愛い黄色の水玉模様のエプロンも用意してくれていた。
 
早速エプロンをつけてもらうと、ブカブカでラップスカートのように腰をグルリと回り
お腹でチョウチョ結びされた紐と、首のところで大きくチョウチョ結びされた紐が
リボンのワンポイントのようになって、膝下丈のドレスのようになった。
 
参内初日に教えられた「宮の中では走ってはいけません」という決まりを
忘れて走り出し、ちょっとしてから思い出すのか慌ててゆっくりになるのだが
どうしたことか、また忘れてしまった様に走り出す、というのを繰り返しながら
ほっぺをバラ色に紅潮させながら、足取りも軽やかに進むという
愛らしさの同居した滑稽な行動と、水玉の可愛らしいドレスのようなエプロンをヒラヒラさせつつ
赤いスコップを、小さなその手にギュッと握り締めている姿がベストマッチで
通り過ぎる職員達は一様に頬を緩めて見送った。
 
少しでも早くおじさんの待っている花壇に辿り着きたいチェギョンは
最近発見したとっておきの抜け道を使って近道することを思いつく。
 
それは、殿をつなぐ渡り廊下の下をくぐったり、生垣のようになっている木の根元のところを
がさがさホフク前進するというもので、折角の可愛いエプロンも汚れてしまいそうなのだけど
今のチェギョンにはそんなことは思いもつかないで、ただ一分でも早く辿り着きたいのだ。
 
 
実際、目的地までは然程の距離ではないのだが、それは大人の解釈である。
同年代の子と比べても小柄なチェギョンからすると、ちょっとした冒険の距離だ。
早速ルートを定め、最初の難関の渡り廊下をしゃがみ歩きでヨチヨチ進む。
それから暫く行くと、このルート最大の難関の茂みが見えてくる。
チェギョンはエプロンの端を、なるべくそれが汚れないように大きくたくし上げて口にくわえると
地面に殆ど腹ばいになってヨイショと進みだした。
 
本当なら、ここを迂回しないと目的地にはつかないので
ここを突っ切れればかなりの時間短縮になるのだ。
 
うっすらと額に汗をかきながら前進していくチェギョンの耳に、誰かの話し声が聞こえてきて
チェギョンの動きがピタリと止まった。
 
ここはウチの庭ではなく、宮の庭である。
 
植栽を傷つけたりしてはきっと怒られるだろうし、自分が泥んこではこれもまたきっと怒られる。
やったことが無いので怒られた事もないが、なんとなくそう感じたチェギョンは
怒ったチェ尚官の顔を想像して、自分の行動を今更ながらに後悔し、チョッピリ涙目になった。
 
(はやくどこかにいってくれないかなぁ~)
 
そう思いながら息を潜めていると、電話で話しているらしい聞き覚えの無い若い女性の声が
今度はその内容まではっきり聞こえてきた。