「ほ・・・本当に違うんだってばぁ~~///」
 
 
帰りの車中。今日もシンに因って “拉致” られたチェギョンは
宮の御料車に乗せられて、東宮殿へ連行されている最中である。
 
 
「・・・・・・・・・・」
 
 
プイッと顔を逸らして、頬杖をつきながら窓の外を眺めるシンに
チェギョンは深く深く、思いっきりふかーーーく、溜息をついた。
 
 
 
「イギサのオッパ。ここで降ろして下さい。今日は帰ります。」
 
「だめだ。」
 
「だってシン君!全然話し聞いてくれない・・・んだ・・もっ!!!」
 
 
 
突然シンからギュッと握り締められた手。
 
それがピンと張り詰めていたチェギョンの心の糸を緩めて
それと同時に、涙腺までも緩んでしまった。
 
シンがチェギョンの涙に勝てるわけなどなく、慌てて
「ごめん!チェギョン!僕が意地悪しすぎたよ!」などと宥め始めたので
イギサ達は(良かった・・・。)と、安堵の思いで胸を撫で下ろした。
 
 
 
シンとチェギョン、2人を微笑ましく見守る体制は、もう宮の中では常識というくらいで
自然発生的に 『皇太子殿下とチェギョン様を見守る会』 なるものまで発足しており
宮の職員の殆どが、その会員である事は、真言碑以上に守られるべき鉄の掟によって
密かに守られている宮の秘密だったりする。
 
当然この会員になっているイギサ達は、もしもお二人に何か問題があったら
未だかつて使用された事はないが、イザという時の為に準備されている
メンバー限定のエマージェンシーコールを、自分達が初めて鳴らす事になるのだろうか?
と、気が気ではなかったのだ。この緊張は、イギサ長に怒鳴られる以上に怖い。
なので、あわや・・という事態を免れて、本当に心底ホッとした2人である。
 
(けど、いつもは目のやり場に困るくらい仲の良いお二人に、一体何があったのだろうな?)
(取り敢えず、コン内官様か、チェ尚官様に報告しておくか?)などと、
アイコンタクトでの会話をしながら、4人それぞれの思いを乗せた御料車は進むのであった。
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
シンの自室で、チェギョンからの説明を聞いたシンの心中は複雑だった。
 
 
結論から言って、チェギョンの初恋の相手はジフではなかった。
なかったが・・・・・・シンでもない。
 
 
 
「私ね、恋ってしたことないの・・。だけど、だから、そういう話題ってなんだか恥ずかしくって・・」
 
チェギョンは確かに、そう言ったのだ。 恋をした事がないのだと。
 
 
 
チェギョンにとって自分は一体どんな存在なんだろう?と、シンは思う。
お互いに、お互いが許婚であり、それはゆくゆく結婚する事を意味しているのを知っている。
チェギョンは、生まれる前からシンのお嫁さんになる事は決まっていた、と言っていたし
シンの事を大好きだと、いつもハッキリとそう言っていた。
 
 
 
(これは・・・・・・一体全体、どういうことだ???)
 
 
 
ずっとずっと、シンにとってはチェギョンは 『好きな女の子』 で、あり続けてきた。
それは勿論、恋愛対象としての 『好き』 だ。
 
チェギョンが言う 『好き』 も、当然自分と同じ 『好き』 だと思ってきた。
だから、「その好きはどういう好き?」なんて一度だって聞いた事はない。
 
 
 
「なぁ、チェギョン。お前、いつも僕の事、好きって言ってたけれど
それって、恋愛の好きとは違うのか?」
 
「あのね?シン君の事は好きよ。多分生まれる前から好きだったと思う。
でも、その好きが恋かどうかはわからない。だってね、恋ってドキドキしたり
意味も無いのに悲しくなったり、反対に嬉しくて仕方なくなったりするものなのでしょう?
それに恋をすると、その人の前でご飯が喉を通らなかったり、食欲も落ちたりするって
ガンヒョン達が言ってたの。私はシン君と一緒にいても、ご飯もデザートも食べたいし
意味も無いのに悲しくなったり、嬉しくて仕方なくなったりもしてない気がする・・・。
だから、シン君への好きが恋かどうかは分からないの・・・・。」
 
 
 
(僕はチェギョンにとって、スイーツ以下ってことか?)と、ズーンと落ち込んだが
気を取り直して、質問を変えてみる事にした。
 
 
 
「でもチェギョン。お前って僕の許婚だよな?それって結婚するって意味だって知ってるよな?
例えばだぞ?例えば、ジフヒョンがお前の許婚だったら、お前はジフヒョンの事を好きだし
それでいっか~?なんて、思えるのか?」
 
「うーーん・・・・・。それは、嫌だな。オッパはオッパだし、結婚なんて想像も出来ないもん!
そっか、そういうふうに考えると、シン君とは嫌じゃない・・・ていうか、寧ろ嬉しい・・かも?」
 
 
 
(そこで疑問系は止めてくれ!)と思いつつ、風向きが変わってきてちょっとホッとしたシン。
長年の付き合いから本人以上に知り尽くしている相手の事だ。
またきっとくだらない事で、オタオタ無駄にグルグルと悩んでいるのだろう。
そう判断したシンは、常よりの周到な性格をここでも発揮して、もう1つ質問してみる事にした。
シンプルで、答えが簡単に予測出来るものを。
 
 
 
「チェギョン。お前は僕と結婚するんだよな?」
 
 
 
そう言った途端・・・・。
 
ビクッと体を大きく震わせたかと思うと、ボロボロと泣き出したのだ。
 
そして、シンにとって信じられない事を言ったのだ。
 
 
 
「で・・・・でぎないぼんっ・・・う・・・わぁぁ~~~~んっっ」
 
 
 
その途端、チェギョンの心の痛みが、一気にシンを襲う。
 
「クッ・・・。チェギョ、ン。お前、これ・・・・?」
 
戸惑いつつも、習慣のようにチェギョンを抱き寄せて、その華奢な背中を擦ってやる。
 
 
 
そうしながらも、考え続けた。
 
(何か、間違ってる。でも、・・・それは、なんだ?)