シンは愛しそうにチェギョンを見つめ、そしてその髪に1つ口付けを落とす。
 
 
そんなシンの行動に、その場にいた者は皆 照れたり、茶化したりというよりも
不思議な緊張感に包まれている自分を感じていた。
 
 
「まず最初に。確かに僕とチェギョンはただの幼馴染ではなく、両家が定めた許婚同士だ。」
 
「そして・・」
 
 
そう呟きながら、シンの目は 今までどれ程彼の傍にいても見る事の出来ない
おそらくチェギョンだけが知っているのであろう、優しく慈愛に満ちた眼差しで
懐に抱え込んでいるままのチェギョンを見遣ると、不安げにシンを見上げるチェギョンを
宥めるように、守るようにそっと抱き締めなおし、それから少し紅潮した頬をサラリと撫でる。
 
 
これが 自分達の知る、イ・シンという男なのだろうか?
これほどまでに優しく、これほどまでに大人びた男だっただろうか?
 
 
仲間達は、まるで知らない人間を その目に映している様な錯覚に陥っていた。
 
 
まだ、僅か15歳の彼等にとって、シンが目の前で醸し出しているような、深い愛というものは
朧気にその存在を知っているという程度で、決してリアルな感情ではなかったし
何となく心が沸き立つ高揚感や、単純に恋愛という未知のモノに対する興味はあっても
それはまだ、アイドルに憧れるのと同じくらい、実在する日常とはかけ離れた存在だ。
 
なのに目の前の友人は、確かな愛情をその対象である少女に向けているのだ。
照れることも、隠すこともなく、心のままに注ぎ込むのだ。そうせずにはいられないかの様に。
 
自分達とは違う世界が、いきなり目の前に現れて戸惑っているのか、不安なのか?
それともそんな世界を、既に持っている友人であるはずのこの男が羨ましいのか?
生まれて初めて感じる、羨望とも焦燥ともつかない感情を無意識に噛み締める。
 
 
そして知るのは、この男がどれ程の世界に生きているのかということ。
頭や理性とは違う、皮膚感覚とか、本能のような部分で 彼等は気付かされる。
 
 
恋愛どころか、常に 「婚姻」 という言葉を その身に纏わり付かせる男だからこそ
これ程に、真摯にチェギョンという存在を求めるのだろうか?
 
 
ひと度その手に掴めば、決して離さぬと想い定めているかのように
どんな者からも守り抜いてみせると、思い詰めてもいるかのように
只管にその愛を、たった一人の少女に向けている姿は、何故かひどく胸を打った。
 
 
「去年、僕はチェギョンにプロポーズしたんだが、先日やっと一年越しの答えを貰えたんだ。
僕とチェギョンは許婚でもあるけれど、それを理由にするのではなくて
誰が決めたわけでもなく、僕たちの意思で結婚する。僕は、チェギョンを必ず僕の妻にする。」
 
 
そう言い放ったのは、皇太子としての彼ではなく、おそらくはイ・シンという1人の男だ。
もう少年と呼ぶには相応しくないほどの、自信と決意に満ちた1人の女を心底愛する男。
 
 
「宮はそれを喜んでいる。チェギョンの決心を、ずっと待っていたのだから。だが・・・・・」
 
 
俄かに眉間に皺を寄せ、憤るというよりは苦しそうに顔をゆがめたシンを見て
仲間達は、やはり同じような表情を浮かべる。彼の胸中は痛いほど理解できるから。
 
今までチェギョンが言われ続けた誹謗中傷は、彼等とてその内容を知っている。
時にはその、醜いとさえ思う刃の切っ先が、自分に向けられたことさえあるのだ。
“王族” と “庶民” とは、それほど違う生き物なのだろうか?と疑問に思う程に・・・。
 
 
「そこからは私のほうがきっと詳しいわ。」
 
 
そう言ったのは、このメンバーで唯一の王族、それも生粋の王族中の王族であるガンヒョン。
 
 
「皇子とチェギョンはね、王族会が定めた皇太子妃候補だ、という女性に会っているの。」
 
「「「 なんだって!? 」」」
 
「でも!勿論それは嘘よ。王族会の長は私の祖父イ・ガクソンよ?そんなこと許すはずが無い。
けれど、一部の王族達の中で彼女を推す動きがあるのは事実なの。その一部とは・・・・」
 
「ファヨン妃の息がかかった者たち・・・。そうだな?ガンヒョン。」
 
「ええそうよ。皇子。ファヨン妃の実家であるソ家は、先の事件で王族会を追放されたけれど
権力主義だったス殿下に傾倒する王族や、未だにソ家に追従する王族がいるの。
まぁ、大抵は歴史の浅い王族達で、普通でいったら長老職は回ってこないような者達よ。
彼等は皇子ではなく、追放されたユル殿下を皇太子に据えて、その恩恵に与ろうと必死なの。」
 
「王族って、僕達以上にドロドロしてそう・・・。僕、そういうの嫌いなんだよね。」
 
「誰だって嫌いよ、ファン。でも王族だけじゃないわ。権力に固執する者達はどの世界にもいる。
それを得る為なら、何をしても、誰を傷つけても構わないという者たちがね。話を戻すわ。
チェギョン。彼等にとってあなたはね、脅威の対象なの。」
 
「え?私が?庶民なのに?」
 
「あなたにはチェヨン財団という強力な後ろ盾があるわ。王族がちやほやされるのは
たかだかこの国内だけのこと。けれどチェヨン財団は我が国のみならず、アジア全域でも
その存在が知られている程の力を持っているのよ?もしも私とチェギョンが何処かの外国に
行ったとして。お姫様扱いされるのは私ではなくチェギョンよ。今後益々国際化が進む中で
王族でなければ皇子の妃になれないなんてナンセンスだわ。あなたの存在は諸外国に対する
我が国の外交面でも好ましいのよ。それ位のことは王族達も理解しているわ。」
 
「白鳥の言うことって、なんかおかしくないか?じゃあなんで今まであんなに庶民だの王族だので
チェギョンは苛められなきゃならなかったんだよ?王族の女達にチェギョンが囲まれて
もう少しで階段を突き落とされそうになったことだってあったじゃないか!?」
 
「ギョン、多分それだけ王族はチェギョンを怖がっている、そういうことなんじゃない?」
 
「ファンの言うことは正しいが、全てじゃない。あの中には「僕の妻の座」ではなく
「皇太子妃の座」に憧れる者達が大勢居る。チェギョンは幼い頃から僕と共に学び
妃教育もしていてマナーその他は完璧だし、ガンヒョンの言う通り 大きな財団の直系の孫娘だ。
彼女たちは嫉妬していたんだよ。何もかも、自分が敵わないチェギョンという存在に。」
 
「あいつ等の、唯一の武器は「王族」って身分だけ・・ってことか。
それにチェギョンの性格を知れば、身分の差をチラつかせれば、自分から身を引く可能性もあると
踏んだのかもしれないな?女って怖えぇっ!!俺達の歳でそこまで考えるか?普通。」
 
「ま、普通は結婚すら考えないよね。インの言った “チェギョンが身を引く可能性” は
絶対考えていたと思うよ。僕さ、何かの役に立つかも?と思ってずっとビデオ回してたんだけど
そこにも多分、そんな話してる奴等のこと、撮ってたと思うし。」
 
「ファン、お前あれ、そういう理由でやってたのかよ?俺はてっきりただのビデオオタクなんだと・・。
俺、お前のこと誤解してたよ。悪かったな?」
 
「謝る必要は無いよ。ギョン。単純に趣味と実益を兼ねてるだけだから。
だってさ、お前達撮るのって被写体として最高なんだよね~♪」
 
 
((((((( やっぱりただのビデオヲタなんだ・・・・・ )))))))
 
 
「・・・ま、まぁ。それはいいとして。でも、じゃあ何が問題なんだよ?
お前達が許婚同士で、相思相愛だって公にしちゃえばいいだけじゃないのか?
ガンヒョンの話によれば、王族会だって結局チェギョンが皇太子妃で納得するんだろ?」
 
「僕、親父から聞いたことがあるんだ。王族とはいっても、内情は火の車で体裁を整えるのがやっと
という家も少なくないって。多分元皇太子妃の実家はそれを利用したんでしょ?
お金に靡くものはお金に寝返るって言うらしいし、チェヨン財団がソ・コーポレーションのような
汚いことをするとは思えないけど、存在自体が奴等にとっては美味しいだろうから
間接的にでも恩を売っときたいって王族は少なからずいるんじゃない?
だったら王族会に2人の事を認めさせるのって難しくないんじゃないの?
寧ろその方が良い様な気もするけど・・・・どうなの?ガンヒョン?」
 
「インもファンも、ご尤もなんだけど、さっき私が言ったこと忘れてない?
チェギョンは脅威だって話。それと、ユル殿下を皇位につけたいって話。」
 
「でもよー。チェギョンの爺ちゃんの方が上だろ?なんなら俺の親父も手ぇ貸すぞ?
チェギョンの爺ちゃんには世話になってるって、いつも言ってるからな。」
 
 
それまで殆ど喋らずにみんなの話を聞いていたチェギョンが口を開く。
 
 
「ねぇ、シン君。もしかして、私がシン君の傍にいると、シン君が危なくなるの?」
 
その揺れる瞳は今にも大粒の涙を零しそうで、シンはチェギョンをギュッと抱き締めていった。
 
「そうじゃない。そういうことじゃないんだ。チェギョン。」
 
だから言いたくなかったのだ、と思いながら、この心優しい少女を抱き締めて
この清い魂を傷つけない方策を、必死でめぐらせるシンだった。