体に直接ビートが響き渡り、明滅するような照明に照らされたフロアで
奇妙にも思えるハイテンションぶりで嬌声を上げ、全身を挑発するようにくねらせては
互いに異性を値踏みして、されて。今夜も狩場は大入り満員。
 
 
まるでサバンナだな。
 
 
弱肉強食、この欲望に塗れた煌く狂乱の世界にも、それが適応されるとすれば
眉目秀麗なその顔も、スラリと伸びやかな体躯も、身に纏う高級な服と装身具も
どれを取っても、ずば抜けて勝者に見える男が、皮肉気に口の端で嗤う。
 
 
「若。今夜の報告書です。それと、例の男ですが、そろそろ従業員からも・・・。」
「フン。随分と派手にやってるんだな。従業員の目も気にしないとは。」
「はい。どうされますか?これ以上泳がすのはウチの顔も立たなくなりますが?」
「そうだな・・・・。アイツに無断で狩っちゃうと、後がこえーし・・。聞いてみるよ。」
「クスッ。若が怖いなんて、良い友達を持たれましたね?」
「そうか?俺にだって怖いものくらい、いくらでもあるぞ?例えば彼女の旦那とか?」
「ご冗談を。それでは私はこれで。くれぐれもお早いご決断をお願いしますよ?」
「わかったよ。ああ、親父は今日は?」
「奥様とお嬢様方と一緒に、スパへお出掛けです。」
「はぁ~・・・。親父も物好きだな。どうせあそこだろ?親父がいたら合成写真みたいだってのに・・」
「ククッ。若にもいつか、会長の気持ちが解る日が来ますよ。それでは。」
 
 
一瞬大きくなった騒音が、防音の重いドアが閉じるのと同時に 
彼の仕事場でもある、そのVIPルームは 再び、静けさに包まれる。
 
 
ゆっくりとその長身を寄り掛からせた、はめ込みの大きな硝子越しに
階下の狂宴を冷ややかに眺めつつ、ひと口シャンパンで喉を潤す姿も様になる
若と呼ばれていた男は、手元のスマホを器用に操作すると、短縮ナンバーから
目的の相手を選びだして一瞬躊躇った後、コールボタンを押して、肩で挟むように耳に当てる。
コール音を聞きながら手元のダイバーズウォッチをチラリと見て、小さな溜息を溢しつつ
「あいつ、起きてっかな?」と呟いた声も我知らずの風情で。
ネイビー・シールズとの提携で作られた世界限定300本のJLを無造作にはめた男は
あと1回コールしても出なければ今夜は諦めるしかないと、早くも切る準備をした。
 
 
「・・ボセ・・」 耳から離した手元の機械から、聞きなれた男の声を聞き取ると
些か慌てて耳に押し付け 「よぉ。起きてたか?」 と、少し驚きを含んだ声で話し掛ける。
 
 
「・・・そう思うなら、かけて来ないで。」
「おい!切るなよ!俺だって迷ったけど、起きてるならいいじゃねぇか!」
「・・ていうか、起こされたんだよ。ねぇ、あのバカップル、もう追い出して良い?」
「は?あいつが来てんのか?まぁ・・な。もうお前んとこに避難しなくても平気ではある・・な・」
「でしょ?俺、最近あいつ等のせいで、すげー睡眠不足なんだけど。」
「あいつら・・って。あいつ毎晩そっちに行ってたのかよ?」
「夜な夜な奇襲するんだよ。もう、俺限界・・・・・。」
「ぶっ。そうか、それはお前にしては耐えてるな!偉いぞ!お兄さんが褒めてやろう♪」
「・・・・切るよ?」
「ま、待て!お前に話があるんだよ!あのな、例の男、そろそろ狩ってもいいか?」
「・・・・なんか、あった?」
「ああ。アイツ、こっちが目を瞑ってやってるのを良い事に、随分派手にやらかしてくれて
いい加減 従業員にも示しがつかねぇんだ。早く決断してくれってよ。」
「そう・・。わかった。明日までに準備するから、ちょっと待ってて。」
「了解。じゃあな!あいつらに宜しく言っといてくれ。」
「やだよ。俺、馬に蹴られるのは。あ、違った、野獣に蹴られるのかも?」
「クククッ。どっちにしろ、あんまり有り難くねぇな。そりゃ。」
「うん。ねぇ・・・・。面倒に巻き込んで、ごめん。助かったよ。」
「・・・・お前、最近大人になったな?謝罪と感謝が出来るようになるなんて・・」
「まぁ、ね。避難民に影響されたのかも?」
「ブッ。違いない。じゃあ、ほんとに切るぞ。明日、お前の連絡待ちでこっちも動く。」
「わかった。じゃ、明日。」
 
 
携帯を胸のポケットに仕舞うと、クツクツと可笑しげに笑うその男は
先程までの醒め切った姿と違い、意外にも幼さを残す愛嬌のある顔になった。
眉1つ動かす事無く、狩りをする彼は鬼神の様だというのに、今の彼はただの高校生だ。
 
その存在感の稀有な有り様は、ただの・・・とは とても言えないかもしれないが・・・。
 
それでも歳相応の顔を見せる瞬間は、18歳らしい楽しみも、揺らぎもあるのだった。
 
 
***** ***** *****
 
 
「ねぇ、あなた。こんなことをしていて、本当に私は皇太子妃になれるの?」
 
「ええ。まずは貴女という素晴らしい女性の存在を、世に知らしめて
他の候補とは格が違う、という事を見せつけているのですよ。これも必要な準備です。」
 
 
ったく。何時までこの馬鹿女に付き合わなければならないんだ?
まぁ・・・・、顔と身体は美味そうだけどな・・・。
 
ねっとりとした視線をミラー越しに その肢体に這わせ、この捨て駒が役を果たした暁には
自分が暫く味わってもいいかもしれない、などと埒もなく考える。
 
 
「そう。そうよね。私の美貌と家柄、堪能な語学力を見せびらかすのも悪くは無いわ。
あのおかしな庶民なんかに、私が負けるわけが無いのだから・・・!」
 
「まさしくその通りです。所詮王族と庶民では格が違うと、見せつけねばなりません。
今夜のパーティは、政界の重鎮達も顔を揃える盛大なものです。
どうぞ、その美しさと優雅さを遺憾なく発揮して、その違いを示してやってくださいね?」
 
 
さっきまでの本性を、ニッコリと微笑む笑顔で覆い隠し、ドレスアップしたその女を
バッグミラー越しに見る。その瞳は何かを見ているようで、何も見ていないようでもある。
 
 
(不気味な男・・・)
 
 
まだ少女と言っても良い年齢にも拘らず、成熟した女性らしい身体は
多くの男たちを惑わせてきた自分の勲章だ。
 
なのに、あの皇太子は私に一瞥もくれず、ただ幼いだけの庶民の女を見つめていた。
 
幼い頃から、あの美しい皇子様の隣りに相応しいのは自分だと想ってきた。
ヘミョン姫が留学すると知り、父にお願いして無理矢理同じ時期に渡米した私は
偶然を装ってヘミョン姫に近付き、異国で心細げにしているだろう皇女様を慰める
心優しい王族の娘、という役柄を演じて、半ばなし崩し的に皇女の学友の座を掴んだのだ。
王立での皇女の噂は知っていたので、取り入るのは簡単だった。褒めて称えればいいのだから。
 
まぁ・・・。あんなにあの皇女がbitchとは思わなかったけど・・・。
 
あの屈辱の晩、私を冷ややかに蔑んだ、美しい悪魔のような男は
皇女の傍にいつもいるイギリス貴族の男と、何処となく雰囲気が似ていたと思う。
 
偶然なのか、それとも・・・?
 
まあいい。今のところは他人のことなど気にしている場合ではないのだから。
 
今はただ、この不気味な男の言う通りに様々なパーティで名を売っておこう。
この国一番の家柄の 美しい夫を得て、ゆくゆくは あの宮殿の女主になる為に・・・
 
 
ウインドウ越しに流れて消えるソウルの街明かりに、自分の美しい顔が薄っすらと映るのを
ウットリと眺める。何れ近い将来、この灯りは全て私の美貌に平伏すだろう。
 
 
「それだけの価値があるわ。」
 
「はい?何か仰いましたか?」
 
「いいえ。なにも。」
 
 
再び、ウインドウに視線を戻した女は、それきり何も言わなかった。
奇妙な瞳を持つ男もまた・・・・・。
 
彼らを乗せた車は、静かにソウルの街を抜け、今宵の目的地である
新羅ホテルの、数年前にリニューアルされたエントランスに静かに滑り込む。
 
グレーのロングジャケットの制服を着込んだポーターが、白手袋をはめた手で恭しくドアを開け
腰を折って待つ目線の先、スルリと深紅のドレスが通り過ぎ、回転扉の奥へ姿を消す。
 
美しくはあるが、キツイ香水だな・・・。何処かの金持ちが呼んだ高級娼婦だったりして?
おいおい、ウチはそんな安いホテルじゃないぞ?一応、上に報告しとくか・・・
 
と。 ポーターの眉が僅かに顰められたことなど、当然気付く事もないまま・・・・・。