サンジは滂沱の涙を流した。ずっとずっと、罪の意識から逃れる事は出来ずにいた。
 
娘の暴走を止められず、挙句死に追いやり、そしてその所為でチェギョンを未だに苦しめている。
 
憎まれていると思っていた。蔑まれて当然だと思っていた。
 
この日も、宮にあがるのは目眩がするほど恐ろしかったが、それでも詫びなければと
気持ちを奮い立たせた。そうしないと、逃げ出してしまいそうな自分がいた。
 
 
 
 
土と向き合い、何も無い中から容を創る作業は、想像以上に大変なことだった。
 
自分の闇が、弱さが、その姿形にまざまざと現れてしまう。
 
醜悪な自分と向き合う事は、辛かった。そして哀しくもあった。
 
 
 
 
それでもいつか、自分の創った茶器で、あの優しくて綺麗だった笑顔を
チェギョンに取り戻すことが出来るなら・・・それだけを思って必死に向き合い続けた。
 
 
 
 
そんな自分を、この方達は、もう良いというのだ。もう十分苦しんだと、赦すのだ。
 
そして、自分達も同じように苦しみもがく親なのだと、理解をしようとしてくれるのだ。
 
形も何も、歪でしかない自分の茶器を、心の闇を払い、傷を癒し、優しく包み込む力があると
そう言って、とても大切そうにその手に包んでくれるのだ。愛でてくれるのだ。
 
 
 
 
涙か溢れて止まらなかった。もうそれが涙だと自覚することも出来なかった。
 
ただ 何かが体の中から出てくるのだ。流れ出していくのだ。
 
そうする事は、とても自然で、とても気持ちが良かったから・・・・・。
 
 
 
 
 
「ミンさん。私は、あなたに赦していただけて、殿下の手をようやく本当に握ることが出来ます。
離すことはどうしても出来ず、出来ない自分を酷く恨みました。蔑みもしました。
けれど、今。私は覚悟が出来ました。この手を離すことはこれからもないでしょう。
あなたのお嬢さんを、あなたの中で素晴らしい娘だったと思う為に、私が笑顔でいて良いと
幸せになっても良いと仰って下さったこと、私は一生忘れません。本当にありがとうございます。」
 
 
「ミン・サンジ氏。あなたにとっても私達にとっても、この一年は辛く苦しい真っ暗なトンネルに
佇み続けるような日々だったと思います。けれど、この小さな手を離さずに共に苦しんだことで
私は彼女を更に愛しく思うようになりました。そして誰かを愛することの本当の意味を知った。
決して無駄な時間ではありませんでした。あなたにとってもきっとそうではなかったか?
今日は、勇気を持ってこの宮へ足を運んで下さってありがとう。礼を言います。
そして、この茶器を手に取ることが出来て、僕達はとても幸せです。そうだろ?チェギョン。」
 
 
「うん。そうなの。この手から伝わってくるの。優しさや、悲しさや、苦しみや・・・
それでも・・・・・。それでも生きるって素晴らしいことだと、どうしてかしら?そう思えるの。
ミンさん。これからもこんな器を作ってくださいませんか?
そして私と殿下に使わせていただけないでしょうか?お願いします。この器で私達は
お茶を飲み、時には食事をし・・・・・・。そして幸せになりたい・・・・・・。」
 
 
「チェギョン様・・・・。勿論でございます!私のような者の創る物など
どう頑張っても タカが知れておりますが、ですがチェギョン様と殿下のお幸せだけを願って
創ってまいります。私こそ、今日という日を残り少ない生涯の中で決して忘れないでしょう。
ありがとうございました・・・・・・・っく・・・・・うっ・・・・。」
 
 
 
 
泣き崩れるサンジを、チェギョンが優しく背を擦り、シンがそっと肩に手を置いた。
 
 
 
 
実の娘にさえ、そんな優しい触れられ方をしたことは無かった。
 
あの日、済州島で思ったことを、改めて思う。
 
あの娘では、決してこのような事は出来なかった。全てが違いすぎるのだ。
 
この方こそが、皇太子妃に相応しいお方。
 
この方達こそが、皇室の未来を輝くものへと導いていける方達。
 
 
 
 
 
それは、真っ暗な闇夜を塗り替えるような、眩しく鮮やかな日の出の時。
 
 
 
 
別々に、しかし同じ闇を彷徨い続けた3つの魂は、苦しみの最果てで
ようやくその刻を迎えることが出来たのだ。
 
愛しい者の手を決して離さずにここまで来られた事を、今振り返っても奇跡のように思う。
 
愛する者を喪っても、生きるしかなかった。今を。 死んだように生きていた日もあった。
 
太陽なんか一切見えなかった。闇は果て無く続くようにも思われた。
 
 
 
それでもこうして、進めて、生きれて 良かったと思えるのはどうしてなのだろう?
 
 
 
傷付き、苦しんだからこそ、開くドアがあることを知った。
 
それはとても感覚的で、理屈などとっくに飛び越えていた。
 
ただ笑い合えることが、こんなにも幸せだなんて、知らなかった。 
 
そして今は、それを知っている自分が居る。
 
そんなことが不思議と嬉しかった。
 
 
 
 
 
皆はその後、ミン氏に創作の話など聞きながら、共に楽しいお茶の時間を過ごすことになる。
 
 
 
 
そこではチェギョンの母スンレから、シンとチェギョンの不思議な子供時代のエピソードが
飛び出したり、ナムギルによって皇帝の、ミン皇后への片思いの日々の奇跡が暴露され
それを上皇や皇太后も後押しをする。するとミン氏も王族で噂になっていた2人の睦まじい話を
披露し、チェギョンはミン妃の手作りお菓子の秘密を赤裸々に語った。
 
 
 
 
 
 
それを少し離れた窓辺に寄り掛かり、ジフが面白そうに見ていると
いつの間にか、隣りに立ったクリスが言った。
 
 
 
 
 
『ジフ君。君の未来に、私の天使はいるかい?』
 
『え?』
 
『君になら、あの子を預けられるかもしれないと思ってね。』
 
『Mr.モーガン・・・・。』
 
『フフ。Dadで構わないさ。君はルークのBrotherなのだろう?』
 
『・・・・・・・・・。』
 
『私も、チェヨンやソンジョの気持ちが分かるって事さ。ところでジフ君。
そろそろ昼寝の時間が終わる頃だとは思わないかい?』
 
『・・・・!!!! Mr.・・、いえDad。俺は一先ず、これで失礼します。
後でいらっしゃるのでしょう?彼女にも伝えておきます。では失礼!』
 
 
 
 
 
誰も見たことが無い、彼の走る姿だった。しかも全力疾走である。
 
 
走ってはいけない宮の廊下を、美しい青年が 風を蹴るようにして走り去って行った。