本来主賓の筈の男は、その懐の深さゆえか、この騒ぎもあってすっかり脇役と成り果てたが
本人は案外それを楽しんでいた。元々観察力はジフ以上で、その能力があったからこそ
今日の地位と名声を得ているといっても、言い過ぎでは無いだろう。その彼が機嫌が良い理由・・・。
 
 
 
(今日は、凄く楽しみなモノを見た・・フフフッ。)
 
 
 
現在、彼の全てはその義娘の天使へ向いているのだから、天使の今後を左右しそうな動向には
そのアンテナは否が応にも敏感になるというもの。流石の彼も、宮での釣果は期待しなかったけれど
彼の鋭すぎるアンテナには、今日ここで、とても良い手応えが感じられたのだ。
 
 
 
 
 
最初は彼女の相手として好ましいと思っていた筈の
かの青年よりもずっと深い、そして鋭い目。そして・・・・・。
本人は気付いていないようだが、それはとても優しい色をしていた。
彼はずっと、皇太子とあの少女を 今日のように守ってきたのだろう。
この、魑魅魍魎が跋扈する宮で、あの男達の信頼を勝ち得るほどに。
 
 
 
何と頼もしいこと。彼は守ることが何かを知っている。
 
 
 
Rayの光に、救われるばかりだったあの青年たちとは、根本的に違う。
彼らはRayを、自分達の救いの女神と讃えた。だから人であることを認められなかった。
彼女の弱さを、彼女の苦しみを、彼らは見て見ぬ振りをした。否、見えなかったんだ。
彼女の強さを望み、もっと強くあれと求めた。彼らが見たことも無いような女性像を。
 
 
 
だから私は、彼らには娘を、あの天使を渡さないと決めた。
あれ以上関わらせては、あの子は壊れてしまっただろうから。
戦いの女神と讃えられたジャンヌ・ダルクを、最後は彼等自身が葬ったように。
 
 
 
そして、あの青年。NYで彼女と一緒にいた美しい、感受性の強そうな青年。
やはり、彼では駄目なのだ。彼は、自分の闇が見えていなかった。
そしてRayの光に、それを払ってくれる事を求めた。母性を求めるのと同じに。
彼は脆い。硝子細工のように、繊細で。美しいけれど儚い青年だった。
Rayの闇など、恐らくあの青年は想像すらしないだろう。自分の光に闇があろう筈も無いと。
 
しかし、Rayには深く暗い闇がある。それはこの事が起きるずっと前から彼女を巣食っていた。
私はそれが怖かった。いつかこの闇にあの子が飲み込まれてしまうのではないかと。
ソギョンにはああ言ったが、私は決めていたのだ。養女にする暁には彼女をあの者達から
引き離そうと。そう決意していたのだ。あの醜い心根の親からも、幼すぎる男達からも。
 
 
 
あの、心を壊した小さな子供だったジフ君が、ここまで素晴らしい青年になっているとは
嬉しい誤算だった。幼く、自分を守る為に殻に閉じこもるしか術を持たなかった少年は
あの頃からきっと、大人の、人間の持つ澱んだ闇の部分を見ていたのだろう。
それが最も色濃く現れる、この宮という特殊な世界も、その瞳に映して来たのだろう。
そしてあの、可愛らしい2人を、それらのものから守り続けてきたのだ。
闇を知り、しかし闇に呑まれる事無く、それを払う力を持って。
 
此れは 思わぬ掘り出し物かもしれない。彼ならば、Rayだけでなく
あの世界で生き抜かねばならないRukeすらも、守れる男になる筈だ。
元々、ジフ君の容姿はRayの好みなのだし、さっきのジフ君を見ても・・・・フフフ。
 
 
 
 
 
『ソギョン。私は決めたよ。』
 
『??何をだ??』
 
『君と、親族になること。』
 
『・・・・。ということは、あの晩の話の時はまだジョークのつもりだったのか?』
 
『いや。可能性の一つとして、真剣に考えていたよ?でもこれはもう、決断なんだ。』
 
『ほぅ?ワシはいつでも構わんぞ。後は時期だけだな。』
 
『クスッ。君は、驚かないんだね?大事な跡取りの孫の結婚話だというのに。』
 
『フン。だからこそだ。さっきのジフの台詞。あれは今までのジフでは出てこないものだった。
あの言葉を導き出したのは、恐らく彼女の存在だろう。ジフは頭の切れるヤツだが切れすぎる。
何処か心がなかった。彼女がブリキのジフに心を与えたんだ。我が家のドロシーとしてな。
何故かはわからん。でも何かがジフの琴線に触れたのは確かじゃよ。そんな人間は
未だ嘗て1人もいなかった。あの神話のドロシーでさえ、そうではなかった。』
 
『クククッ。なるほど。ドロシーか。だが、Rayにとってはジフ君はあしながおじさんらしいぞ?』
 
『なんだ?それは。』
 
『いやね、彼女と話していたときに、思いついてジフ君の印象を聞いてみたんだよ。
そうしたら、<ジフはあしなかおじさんみたいだ。>って言うんだよ。理由を聞いたら
子供の頃、ウェブスターを死ぬほど読んで、自分にもあしながおじさんが来てくれないかと
思っていたらしい。そして君の家で眠り姫になっていた間、誰かが毎日話しかけて
手を握って、バイオリンを弾いてくれていたそうなんだ。フフッ。そう、ジフ君だよ。
どうやら、その人にお礼を言いたいと思ったのが目覚めるきっかけだったらしいんだ。
想像通り背が高く、想像より綺麗で優しいあしながおじさんだったそうだよ?クスッ』
 
『フム。ところでさっきお前さんがジフを赤面させていたのは?』
 
『この話をしてあげたのさ。途端にあの顔になった。まぁ、彼にはもう一言付け加えたがね?』
 
『何と?』
 
『Rayが、ジフ君が咲くのを楽しみにしていたという<ジフのWater Lilyが見たい>
といっているけれど、それは、Rayが鏡で自分を見ればいいってことだよね?って。』
 
『ブッ。クックックッ。気障なことを言ったものだな?クククッ。
しかし、もうそれでジフの気持ちは十分分かった。スリョンさえ合意してくれれば
この話は直ぐにでも進めたいものだな。どうだ?』
 
『うーん。結論は出したが、過程はもう少し見極めたいね。彼を信じないわけではないんだが
ジフ君を少し試させてもらってもいいかい?ソギョンには面白くない話だろうが・・・。』
 
『いや、構わんよ。ワシもアイツがお前のお眼鏡に適う男に育ったか、見てみたいからな。
それにあいつは何でも上手くやり過ぎる。だから独りでも平気だと思っているところがある。
幸い良い仲間がおるからな。独りで出来るが人の手を借りたほうが早い、という感覚ではなく
独りでは何も出来んから、皆の手を貸してほしい。そう言える人間になってほしいんじゃよ。
お前の課題なら、アイツ独りではきっと解けまい。良い経験になるぞ。クックックッ。』
 
『全く!君は今も昔も、抜け目が無い。彼が人を頼らないのは、君にそっくりだと思うがね?
でも、お陰で気が楽になったよ。Rukeのこともある。彼には色々期待したいからね♪』
 
『お、おい!?それは、モーガン財閥の事を言っているのか?それは流石に気が重いぞ!』
 
『しかしソギョン。Rayを娶るってことは、もれなくそれもついてくるんだぞ?
なんせ私は、私の全てを賭けて彼女を守り抜くのだからね。Rukeも当然そのつもりでいる。
ということは、我が財閥も彼女の一部として存在するって事だ。だろう?』
 
『はぁ・・・・。もう、ワシは何も言わん。お前と姻戚になるのは嬉しいし、ジフはおそらくスリョンを
好いているのだろう。まだ本人は気付いてないようだがな。こんな世界で生き抜くんだ。
結婚くらいは好きな女とさせてやりたい。だから、スリョンもジフを好いてくれればいいと思う。
しかし・・・・・。お前の財閥は・・・・・。よしっ!ワシはソナムを応援するとしよう!
ジフなんぞ、大した事無いっていう男にソナムが成長すれば、問題は解決じゃっ!!』
 
『クククッ。だから私は君が好きなんだ。私の持つ物を欲しがる者は多い。しかし君はそれを
厄介な “問題” 扱いだ。此れは益々、ジフ君には早々に合格してもらいたいものだね。』
 
『テストもだが、スリョンの心をジフが手に入れられなければ、絵に描いた餅だがな?』
 
『それはきっと大丈夫さ。娘は少し鈍いところがあるから自覚するのは先だろうけれど
あの子はね、きっともうジフ君を好きだと思うよ。君にも話したが、あの子は誰にも甘えられずに
生きてきた。だから私はあの子が誰かに甘えたり、決断を委ねたりするのを見たことが無い。
けれど、覚えているかい?“生まれ変わり” の話を。私は驚いたんだよ。話の内容もだが
彼女はジフ君に<名前をつけてくれ>と言った。<赤ちゃんは自分で名前をつけないから>と。
そんな発想、あの子には出来なかったことだ。しかもあしながおじさんだぞ?
あの影は、孤独な孤児の少女が成長する中で、ずっと頼りにして唯一甘えていい存在の象徴だ。
もうすっかりジフ君には甘えているんだよ。彼女の人生ではじめての、唯一の存在さ。』
 
『ならば、後はジフがお前のテストに合格するのを待つだけだな?』
 
『そういうことになるだろうね?私達は、それまで色々と準備をしておくとしようじゃないか?』
 
 
 
 
 
楽しげに笑いあう、老獪な紳士2人は、今頃ユン邸の、所々雪の残る庭に出て
車椅子を押して歩くジフが、ニコニコと機嫌良さげに その車椅子に向かって話しかけ
時にしゃがみこみ、そこに座る少女の手元のipadを覗き込み、今度は共に微笑み合う。
 
 
そんな姿をありありと思い浮かべる事が出来てしまう、と話し合っては、更に愉快になるのだった。