「おい。シンのヤツ。また携帯見てボーッとしてるぞ!?」
 
「ほっとけ。アイツも色々あんだろ?なってったって・・・・」
 
「「「 我が国の皇太子殿下!だもんなぁ~・・・ 」」」
 
 
 
 
 
休み時間、窓際の席に座ったまま、置物のように微動だにせず
ただ、己の携帯をジッと見る姿は、高校になって頻繁に見られるようになり
最初は何を見ているのかと、気になって仕方が無かった友人達も
頑なに見られるのを拒む彼に、何か言い様の無い必死さを感じ取り、好奇心を捨てた。
 
そしてこの頃では、それは 【シンの癖】 として見慣れた光景となっているが
この時の彼には 近付かないようにするのもまた、暗黙のルールだった。
 
 
 
 
どうしてだろう?
 
携帯を見つめる彼は、いつだって 
ひどく幸せそうで、そして ひどく悲しそうなのだ。
 
 
 
 
自分達とて、皇太子のご学友に選ばれる程度には、それなりの家の息子であり
将来のレールも、きっとそれなりに敷かれてあって、自由にいられるのも今だけだ!
などと うそぶきながらも、その身の不自由さに時々溜息を吐きたくなる時がある。
 
 
 
 
まして、あいつは皇太子という尊い身。
 
 
 
 
自分達以上にビッチリと敷かれたレールが存在し、今ですらきっと自由なんて殆ど無い。
それどころか、彼にはおよそ 【プライベート】 と呼べるものすらないのだろう。
 
 
 
 
 
 
友人達は、彼を見ていて時々思う。
 
 
 
 
 
容姿に優れ 美しく優雅で気品があり、
その知性迸る凛とした姿は、まさしく人々が崇め奉るのに相応しい。
 
我が国が世界に誇れる、類稀な才能に満ち溢れた皇太子殿下。
 
 
 
 
 
けれども、そんな存在に生れ落ちることは、果たして幸せなことなのだろうか?
 
 
 
 
 
彼は、誰よりも多くのものに恵まれていて、そしてきっと誰よりも・・・・・
 
 
何も持っていない。
 
 
 
 
 
空虚な偶像として、そこに存在すること以外を否定され続けた少年は
いつしか、全てを諦めたような目をする、氷の皇太子と呼ばれる青年になった。
 
 
 
 
 
初等科の頃は、今よりも もっと明るかった友。
共に雑誌を見て笑いあったり、時にはふざけ合ったり、偶には喧嘩することだってあった。
 
それが中等科になると、次第に彼の明るさは影を潜め、いつだって何かに苛立っているようだった。
笑うことも、ふざけることも殆ど無くなり、少しずつ彼らとの距離も開いていった気がする。
 
 
 
 
 
どこかで 
 
『こいつは俺たちとは違うんだ。別世界の人間なんだ。』 
 
そう思う自分がいた事は否めない。
 
 
 
 
 
しかしそう思うことで、自分達から離れていこうとする友人を 理解しようともしていたのだ。
日に日に気難しくなっていく彼を、彼らは腫れ物を扱うように見守っていた。
 
 
 
今の彼らならば、もっと違うアプローチをして、違う結果を導けていたかもしれない。
 
 
けれども、彼らもまだ幼くて、友の悩みを理解しようと努力したり、共に悩んでやることもせず
ただ、怖がってしまった。
 
 
彼の中の風船がドンドン膨らんで、いつか破裂するのではないかと。
 
 
 
 
 
 
 
 
そしてそれは、ある日突然訪れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
中3の、ソルラルを少し過ぎた頃、いきなり皇太子殿下が学校をエスケープした。
朝からなにやら不機嫌そうで、イラついているようだったのは憶えているが
あの頃の彼は、殆ど毎日がそんな感じだったので、あまり気にならなかった。
 
 
 
 
 
あれはたしか、午後からの体育の授業のために、皆が着替えていた時だったと思う。
 
 
 
 
 
彼はいつも着替えのときは、人前で肌を見せてはいけない、という法度がどうとかで
皇族専用の部屋で着替えることになっていて、その日も 彼がいないのは
着替えに行っているのだろうと、特に気にしてはいなかった。
 
 
 
 
しかし何故か、授業が始まっても彼は現れなかった。
 
 
 
 
次の授業も・・・・・。
 
 
 
 
そして放課後。
 
 
 
 
いつものように、宮の御料車が横付けされ、護衛の男達が整列して彼を待った。
 
 
 
 
けれども彼は、現れなかったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
慌てた宮の人々が学校にやってきて、皇太子の行方を捜し始めたことで
学校は蜂の巣を突いた大騒ぎになった。
 
 
 
 
皇太子が失踪?もしや、誘拐?何か事件に巻き込まれたのか?
 
 
 
 
様々な憶測が流れる中、彼らも宮から来た、皇太子付きの内官という初老の男から
学友として様々な質問をされた。彼らはその一つ一つに答えながらも違和感を感じていた。
 
 
 
 
こんな時でも、親は駆けつけないんだな・・・・・。
 
 
 
 
聞かれる内容も同様に、彼らに友の生活の実態を知らしめることとなる。
 
 
 
 
最近様子が変わったようなことは無いか?
何か悩んでいるようなことは聞いていないか?
誰かと話しているとか、新しい人間関係など、心当たりは?
 
 
 
 
まるで刑事の尋問だった。
 
 
 
 
 
 
 
これが 【皇太子付き】 として日々彼に影のように付き従っている従者のリアルな姿。
自分達だって年頃の男だから、そうそう親と親密に会話をしたりはしないものだが
これは、いくらなんでも酷過ぎないだろうか?
 
 
 
 
 
 
あいつは、シンは。
 
ずっと、宮でも独りだったんだろうか?
 
 
 
 
 
 
誰にも理解されず、誰にも心を打ち明けられず
あの、学校でのシンと同じように、ただ独りで何かを耐えていたんだろうか?
 
 
目の前にいる彼もまた、腫れ物に触るようにあいつを扱って
俺たちと同じように・・・・・・。そうだ。俺たちも、このおっさんと同じだ・・・・・。
 
 
 
 
 
 
やりきれないような思いで、翌朝登校しても
上背の高い、空ばかり見上げていた 寡黙で美しい友の姿は無かった。
 
 
 
 
 
そんな日々を3日も過した頃、【皇太子殿下、病気療養の為1ヶ月の休学】 という発表がされた。
 
 
 
 
 
慌てて彼の携帯に電話をしても、電源が入っていないらしく繋がらない。
それは、彼がいなくなってからずっと同じで、機械的なメッセージを繰り返すばかりだ。
 
 
 
 
 
そしてひと月後。
 
 
 
 
 
皇太子は学校へ復学する。何も変わらない、誰も受け付けない氷の皇太子のままに。
 
 
 
 
 
彼らは安堵とも落胆ともつかない思いの中で、一つだけそれまでとは違った友の姿を見つけた。
 
 
 
 
 
 
愛しげに、幸せそうに、そしてどこか悲しげに携帯の画面を見つめる
その優しい表情は、いままで一度だって見たことは無い。それくらい珍しいもの。
大切そうに その画面を時々指で撫で、そっと閉じて胸の内ポケットへ仕舞う。
 
まるで、壊れやすい宝物を、壊れてしまわぬよう、崩れてしまわぬよう
その仕草一つ一つで、労わり守るように・・・・・・。
 
 
 
 
 
どうしてだか、見ているだけで鼻の奥がツンと痛くなって、目頭が熱くなる。
 
 
 
 
 
あれから、三年の月日が経とうとしているが、今も友はその仕草を繰り返し
それを見守る彼らはいつも、わけも分からず泣きたくなるのだ。
 
 
 
 
皇太子である彼の周りには、沢山の女達が群がり、彼の隣りに存在しようと躍起になっているが
彼女たちに対する、彼の視線は氷以上に温度が無い。というか、存在自体を認識しようとすらしない。
彼の瞳に温かさや、愛情のようなものの欠片が表れるのは、唯一その画面を見詰める時だけ。
 
 
 
 
 
なぁ、シン。お前はそうやって、何を見ているんだ?
愛しそうに、恋をしているように、それを何からも 誰からも守るように。
 
 
 
 
 
話してくれとは言えなかった。 あの頃、先に彼の手を離したのは きっと自分達だ。
シンの孤独を理解してやれず、自分達とは違うものとして、切り離した。
そう思う罪悪感が、彼らに、友に声をかけるのを躊躇わせていたから。
 
 
 
 
でももし。次のチャンスがあったならば。
もし、彼が自分達を頼りにしてくれる瞬間が来たならば。
絶対に、最後までその手を握り締めて、肩を抱いて、並んで歩いてやろう。
 
 
 
 
 
 
そう 決めている。