僕たちが付き合いだしたのは、丁度バレンタインの翌日からで
 
その事をひどくチェギョンは悔しがった。
 
 
 
 
それと、【初雪デート】 が出来なかったことを。
 
 
 
 
そんなチェギョンを、僕は笑って
 
 
 
 
「来年、全部すればいいじゃないか。いいや。もっと沢山できるぞ?
再来年も、その次の年も。ずっと僕はお前を離さないって決めたんだから。」
 
 
 
 
チェギョン。お前がそんな風に、悲しく笑うわけを、僕は知っている。
 
 
 
けれども お前は言わないんだな。
 
 
 
 
 
言わずに、ただその小さな胸に全部を閉じ込めて
 
 
生きることを諦めて、
 
 
僕を諦めて
 
 
 
 
 
 
逝ってしまおうとしてるんだよな・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
そんなことは させない。
 
 
 
あきらめない事が、どういうことか 僕がお前に教えてやる。
 
 
 
 
 
 
お前はきっと10人のうちの9人になると思っているんだろう?
 
 
奇跡なんて起こらないと。 起こるはずが無いのだと。
 
 
 
 
 
だからお前は、未だに子犬に名前を付けず
 
僕の言葉に、哀しく微笑むんだ。
 
 
 
 
 
「チェギョン。子犬にそろそろ名前をつけてやろう。」
 
「駄目よ。名前をつけたら・・・・。」
 
「情が湧くんだろ?湧いた方が良い。お前が飼うんだからな。」
 
「シン君っ!!」
 
「何だよ?良いだろ?そうだなぁ~。キジョク!キジョクにしよう!
あいつは僕の手にウンチをつけたし、お前という素晴らしい飼い主に出会った
まさにキジョク(奇跡)の犬だろ!?な?うん、そうしようっ!!」
 
「シン君、やめてっ!!」
 
「嫌だ。やめない。いいか?チェギョン。あいつの名前は、キジョクだ。」
 
「駄目よっ!!!」
 
「チェギョンッ!!何故お前は、そうやって いつもいつも 閉じ込める!!
あいつを可愛いと思ってるんだろう?もうとっくに情なんか、湧きまくってるんだろう!?」
 
 
 
 
 
強情なチェギョンの両腕を掴んで、その目をジッと睨みつけながらそう言う僕を
チェギョンは、おそらく初めて 強い目で見返しながら、涙を浮かべ、そして叫んだ。
 
 
 
 
 
「シン君に、シン君なんかに、何が判るって言うのよっ!?
私の気持ちなんか、あなたに判る訳がないっ!!」
 
 
「ああ!!そうだなっ!!お前はなんでもかんでも独りで溜め込んで僕に何も教えてくれないからなっ!!
言えよっ!!言ってみろよっ!!お前は今、どんな気持ちなんだよっ!?僕が憎いか?悔しいか?
何に腹を立て、何を苦しんでる?言えよチェギョン!!言ってくれよっ!!!」
 
 
 
 
 
僕の言葉に、決壊寸前の大粒の涙をその瞳に湛えながらも、その目を驚きに見開き
ガタガタと震えながら、独り言のように、うわ言のように呟くチェギョン。
 
 
 
 
 
「ま・・・・さか・・・。シ、ン君・・・・、知ってた、の?私の、びょ、病気・・・・、の・・こと、知って、る・・の?」
 
 
「複雑な手術を必要とする、心臓の病。その手術の成功する確率は1割。
しかしそれも、その手術に成功例を持つ医者が執刀した場合の確率だ。
その医者は世界に3人いるが、存命中なのは2人。その内の1人は既に高齢で
複雑で体力の要る外科手術は 殆ど行わなくなって、もう何年も経つ。
事実上、その執刀ができるのは、世界に1人しかいない。そして彼はその才能ゆえ非常に多忙だ。」
 
 
「そう・・よ・・・。そもそも、その先生に、診てもらえる事自体が、奇跡なのよ・・・・。」
 
 
「奇跡なら、僕が起こしてやるっ!!!」
 
 
「簡単に言わないでっ!!!パパやママが、その先生に私を診せる為に、何年も頑張ってくれたわっ!!
でも、そんな患者、世界中にごまんといるのよっ!!これも運命だと、受け入れるのに何年もかかったわ!
やっと・・・・・、やっとそれを受け入れて、ようやく心静かに・・・・・。それを、ポッと現れただけの
通りすがりの あなたなんかが、かき回さないでよっ!!!何様のつもりなのよっ!!!」
 
 
「この国の、皇太子殿下様だよっ!!!お前、知ってたんだろう?僕のこと。
だから選んだのか?僕なら、直ぐにお前の前から消えていなくなると?通りすがりのポッと出の僕は
恋愛ごっこの相手には丁度良かったか!?心静かにどうするつもりなんだよっ!?
死ぬ積もりなんだろうっ!!諦めるんだろう?生きることも、幸せになることも、未来を掴むことも!
受け入れた?違うね!お前は逃げたんだっ!!目を覚ませよっ!!」
 
 
「酷い・・・・。酷すぎるわっ!!」
 
 
「何が酷いんだよ。酷いのはお前だろっ!!僕には感情が無いと思ったか?僕はロボットか?
お前と離れれば、お前を忘れて生きていけるとでも、お前は思っているのかっ!?!?!?
いいか?判らないなら教えてやるよっ!僕は、お前がいなくなったら息も出来ないんだ!
お前が死ぬというなら、僕がお前と一緒に お前を抱いて、地獄まででも付いて行ってやる!
お前が生きるのを諦めるのなら、僕もそうしてやるっ!お前が心臓をくれというなら、持って行けっ!」
 
 
「・・・シン、君・・・」
 
 
「離れれば忘れる?笑わせるんじゃない!良い思い出?馬鹿にするなっ!
勝手に僕の気持ちを決めないでくれ!そんな軽い気持ちでお前を愛せるほど、僕は酷い男じゃない!!
僕は皇太子だ!それが何を意味するか判るか?それこそ全てを諦めて生きてきたよ!人形みたいになっ!
諦める辛さなら、この国で誰よりも 僕が理解してやれるぞ!絶対にな!その僕が始めて諦めたくない
そう思えるものを見つけたんだ!諦め続けた人間の、唯一の希望がどれ程の力を持つか教えてやるよ!
奇跡?そんなもの、僕が起こしてやるって言ってるだろうがっ!僕は絶対お前を手放さない。
諦めることもしない。だから・・・・、だから、チェギョン!お前が諦めろっ!!」
 
 
「な・・・にを・・・・?何、を・・・諦める・・って、いうの・・よ・・?」
 
 
「死ぬのを!それで、僕から去るのも!全部諦めて、僕と一緒に生きろよっ!!!!」
 
 
「ば、馬鹿なこと言わないでよっ!?あなたは、シン君は、皇太子殿下なんでしょうっ!?
私なんかとずっと一緒にいられるわけが無いじゃないっ!!あなたのほうこそ馬鹿な戯言言ってないで
諦めて、家に、宮殿に帰りなさいよっ!!それで、こんな女に会ったのは、災難だったと忘れてよ!!
私も、あなたのことは忘れるからっ!!いいわね!!荷物まとめて、この家から直ぐに出て行ってっ!!」
 
 
 
 
そう言うと・・・・、チェギョンは僕の手を振り払って 部屋を出て行った。
 
 
 
 
 
 
駄目、なのか? 伝わらないのか?
 
 
 
 
お前の心の中の僕は、通りすがりの ただの通行人で。
 
 
 
 
思い出作りに、ちょっと恋をしてみたくて、それに都合が良い男だっただけなのか?
 
 
 
 
 
 
 
初めて聞いた、本気のチェギョンの叫び声は、僕の耳から離れず
 
 
彼女の言葉は、激しく僕を切り裂いて、僕自身もかなりショックを受けていた。
 
 
 
 
 
 
どれ位経っただろう? 時間の感覚が無かった。
 
 
 
 
 
 
そんな僕を正気に戻したのは、窓から見えた白い花びら。
 
 
 
 
 
 
刹那、僕は自分のコートを引っかぶり、一緒にかけてあるマフラーとニット帽を身に着けると
 
チェギョンのコートも引っ張り出して、走り出した。
 
 
 
 
 
きっと・・・・いや、チェギョンは必ず、あそこにいる・・・・・!!!
 
 
 
 
 
ポケットにいつも入れているモノを乱暴に突っ込んだ指の先で確認し
 
ストライドを最大に広げて走っていった。
 
 
 
 
 
チェギョン。
 
 
 
 
チェギョン。
 
 
 
 
 
お前が、僕を愛して無くても良いよ。
 
 
 
 
 
 
走ってはいけないと、禁止され続けていた僕の身体は
 
突然の、生まれて始めての全力疾走に、悲鳴を上げる。
 
 
 
 
 
そんな自分を無視して、コーナーは土壁に手を付いて、勢いで曲がった。
 
地面を滑る革靴に、舌打ちしながら、更にスピードを上げた。
 
 
 
 
 
 
 
チェギョン。
 
 
 
 
お前の許へ、約束の場所へ。
 
 
 
 
 
 
 
「チェギョンッ!!!!!!」