「チェギョン。ここを海だと思え!」
 
 
 
 
デート先は、宮だった・・・・・。
 
 
そしてシンは、開口一番、そう言った。
 
 
しかし、シンの部屋に入ると、そこは確かに波の音がして
 
 
室温は、暑い位に設定されていて、部屋中がブルーの布で被われていて・・・・
 
 
 
 
 
「シン君・・・もしかして、覚えていて・・・くれたの?」
 
 
「当然だ!僕は記憶力がいいんだからなっ!!」
 
 
 
 
 
ほんの一言漏らしただけだった。
 
 
来年の夏、シン君と海にいけたらいいのにな・・・と。
 
 
無理なことはわかっていた。体のことだけじゃなく、彼の立場を考えて・・・。
 
 
そんなチェギョンの言葉を、彼は覚えていた。
 
 
そして、部屋中を海に変えて、彼女を迎えに来たのだ。
 
 
 
 
 
「チェギョン。驚くのは未だ早いぞ!ほら、これを耳に当ててみろ!」
 
 
 
 
 
掌にちょうど収まるくらいの巻貝を渡されて、耳に当てると潮騒の音が聞こえてきた。
 
 
吃驚して顔をあげると・・・・そこには、黄色い銀杏の葉と、真っ赤な紅葉の枝。
 
 
 
 
 
「次は、紅葉狩りだ!お弁当は、僕が作ったんだぞ?」
 
 
 
 
 
そうだった・・・・。
 
 
この人は、本当に記憶力がいいのだった・・・。
 
 
確かにチェギョンは言ったのだ。
 
 
 
 
 
『ねぇシン君。紅葉狩りに行って、その下でお弁当を食べるの。きっと美味しいわね。
そして、銀杏木を探したら、雄の葉は私に、雌の葉はあなたに、2人で交換するのよ♪』
 
 
 
 
 
それはどういう意味があるのかと、彼に聞かれて
 
 
そうすれば、恋人は永遠に幸せに暮らすのだと言ったら
 
 
それならば今すぐ交換しなければ!と焦りだした彼を、彼女は楽しそうに笑ったのだ。
 
 
 
 
 
 
彼女の手元に置かれたのは、ズボンのように割れのある雄の葉であり
 
 
そして、彼がそっと自分の服の胸ポケットに飾ったのは、スカートのように扇を広げた雌の葉だった。
 
 
 
 
 
 
彼女がちゃんと気付いた事を理解した彼は、さも嬉しそうに 「これでもう安心だ」 といって笑った。
 
 
 
 
 
 
泣き笑いの彼女を急かして、彼が開けたお弁当箱には、少しだけ歪なキムパブが綺麗に並んでいて
 
 
彼女はそれをひと口食べると、「しょっぱい」という。
 
 
彼は慌てて「おかしいな?味見はちゃんとしたんだぞ?」と言いながら
 
 
自らも1つ摘むと、ポンッとひと口で頬張って 不思議そうに首を捻り
 
 
次の瞬間、彼女の頬に流れる涙を拭うと 「しょっぱいのは、お前の涙が犯人だっ!」と言って
 
 
その指をペロリ、と自分で舐めてみて「ほら、しょっぱい!」 と また笑う。
 
 
 
 
 
 
 
ああ・・・・・この人と、生きたい。 生きてみたい。
 
 
春も夏も、秋も冬も この人と一緒に、この人の傍で・・・・・。
 
 
生きたい。 笑いあいたい。
 
 
 
 
 
 
 
ポロポロと、涙を流し続ける彼女に、彼は何処までも優しく微笑んで そっと彼女を抱き寄せた。
 
 
背を擦り、髪を撫で梳き、額に口付ける。そして言うのだ。蕩けるように甘く。
 
 
 
 
 
 
「チェギョン。愛してる。」
 
 
 
 
 
 
どうすればいいのだろう?どうして私の心臓は、こんなにポンコツなのだろう?
 
 
どうして私は・・・・、この人の隣りにいられないのだろう?
 
 
 
 
 
 
「チェギョン!これをめくってみろ!」
 
 
 
 
 
そう言って渡されたのは今年のカレンダー。2月ももう、明日で終わりだ。
 
 
けれどもなぜ、彼はそんな事を言うのだろう?
 
 
そう思いながらも、彼女はカレンダーをめくった・・・・
 
 
 
 
 
 
「シン君・・・これ・・・・。」
 
「さぁ!バレンタインをしなくちゃ!だなっ!」
 
 
 
 
 
捲って現れたのは、【2月】 と書かれたカレンダーで
 
 
次も、その次も・・・・・・
 
 
全部、2月の、2月しかないカレンダーだった。
 
 
そして全ての 【14】 の数字は赤丸で囲まれていて、彼の字で
 
 
 
 
 
“初めてのバレンタイン・デー”
“2度目のバレンタイン・デー”
“3度目のバレンタイン・デー”
 
 
 
 
 
結局それは、10度目まであり、よくよく見ると各ページの一番上には
 
 
一年ずつ増えていく、西暦が記してある。
 
 
 
 
 
「チェギョン。欧米では、バレンタインは男性から愛する女性に花を贈る日だろ?
お前はずっとアメリカにいたんだから、知ってるよな?」
 
 
 
 
 
そう言いながら何故か少し緊張しているように見える彼は、涙で歪んだ彼女の視界のなかで
 
 
ゆっくりとひざまづき、車椅子の彼女と同じ目線となる。
 
 
 
 
 
「シン・チェギョンさん。僕のトッキアイ。そしてヨニン。来年も再来年も10年先も
毎年この日、お前に誓う。 【相愛不已】 僕のお前への愛は決して終わりはない。
僕の人生に、お前だけが喜びで、お前だけが必要で、お前しか要らない。
だからチェギョン。僕と一緒に、このカレンダーの全ての2月を過ごしてくれないか?
愛しているよ。チェギョン。お前は、僕の命だ。」
 
 
 
 
 
そして、差し出されたのは、この時期には珍しい一輪のスズラン。
 
 
それから、もう1輪、あと1輪。
 
 
別々に包装された一輪ずつのスズランがチェギョンの膝の上に置かれる。
 
 
 
 
 
「好きなんだろう?スズラン。5月の花で、フランスじゃ幸運のお守りだそうだ。
花屋のアジュマのアジョシの受け売りなんだが・・・・。一生懸命この季節なのに、探してくれたんだ。」
 
 
 
 
 
言葉にならずに、ただ頷くだけの彼女を 彼は優しくその大きな胸に抱き上げると
 
 
寄せる波の真ん中のような、彼の大きなベッドの上に、そっと降ろして隣に腰掛け
 
 
腕の中に包み込んで、宥めるように、癒すように 静かに話し始める。
 
 
 
 
 
 
「チェギョン。わかるか?これで僕達は、季節を一巡した。夏の海、秋の紅葉狩り
冬は・・初雪デートも済ませたろう?春は、このスズランだ。
お前は僕を馬鹿にしたけれど、とりあえず、僕達は、僕達の最初の四季を共に過ごした。
そしてこれは3輪。チェギョン、約束通り、奇跡を起こしたぞ。
お前はアメリカであの、神の手と言われる日本人の 心臓外科医の手術を受けるんだ。
その手術は、上手くいってからもリハビリだとか色々あって、3年は帰国は難しいそうだ。
だからこれは、前払いの3輪。本当は1輪多いんだが、もしも一日でも日付が遅れたら
今年のバレンタインみたいに、お前がブーブー文句を言いそうだからな?保険だっ!」
 
 
 
 
 
いいのだろうか?
 
 
この腕に抱かれる未来を、夢みても。
 
 
彼の傍で、毎年バレンタインを・・・
 
 
過ごす奇跡を、望んでも。
 
 
 
 
 
いいのだろうか?
 
 
生きたいと、願っても。
 
 
 
 
 
 
「チェギョン。いいだろう?お前と一緒に、お前を抱いて、毎年この日を祝いたい。
お前の隣りで、お前の笑顔に包まれて、僕は幸せになりたい。いいだろう?そう夢みたって。願ったって。
たった一つの願いなんだ。お前だけが、僕の希望で、願いで、奇跡なんだ。どうしようもなく惚れてるんだ。
だから、生きてくれ。生きようと思ってくれ。生きたいと・・・・・・。チェギョン。生きたいって言ってくれよ?」
 
 
 
 
 
純粋で、優しくて、不器用な人だと思う。
 
 
ウンチを触れば失神して、洗って無いものなんて食べられないと青褪めていた。
 
 
野菜も、魚も、肉も・・。この人は一体何を食べて生きてきたのかと思う程、何も知らない人だった。
 
 
私と恋をしようといったら、逆上せて気を失って、あの雪の晩はオイオイ泣いて立てなくなった。
 
 
そして今日はデートだといって、宮に連れて来て、一年分の四季をたった一時間でこなしてしまった。
 
 
雌雄のイチョウの葉を嬉しそうに交換し、キムパブがしょっぱいと言えば思いっきり慌てて
 
 
カレンダー全部を一年毎の2月に変えてしまった。
 
 
 
 
 
その全てが、奇跡のように思う。
 
 
愛おしい。この人の全てが。
 
 
 
 
 
 
「シン君・・・・。私、生きたい・・・・。シン君の隣りで、シン君の腕の中で・・・・。
ずっと、5年後も、10年後も・・・・生きたいよ。・・・・シン君と一緒に・・・・、歳をとりたい。
ハラボジと、ハルモニになって、孫を抱いて・・・・・しんくぅん・・・・・死にたく・・・ないよぉ・・・。」
 
 
 
 
 
 
うん・・・うん・・・。彼は何度も頷いて、彼女を抱きしめる腕に力を込める。
 
 
愛おしい。この者の全てが。
 
 
ようやく聞くことの出来た彼女の言葉に、彼もまた嗚咽を噛み殺しながら、返事をし続けた。
 
 
 
 
いつまでも・・・・。