「なに、そのルペ・・・なんとかっていうやつは。」

「ルペルカリア祭ですっ!!先輩!ちゃんと聞いていてくださいよっ!!」
 
 
日本と同じか、それ以上に白熱する(らしい)韓国のバレンタイン事情。
この国の14日に対する特別視は凄いことになっているらしく、
殆ど全部の月の14日は恋人たちのイベント・デーになっているらしい。
(この国の恋愛って、随分お金が掛かりそうだなぁ・・)
 
そしてこの神話学園では、如何にもセレブが好きそうな
【他とは一線を画す】伝統のイベントがあり、その名も【ルペルカリア祭】というもので
なんでもバレンタイン・デーの起源となったローマ時代のお祭りの再現らしい。

校内のシングルの男女限定のイベントで、
女生徒は自分の学部カラーの紙に名前を書いて箱に入れ
男子生徒はその箱から一枚引き、その紙に書いてあった女生徒と
お祭りの期間中パートナーを組むこととなる。

お祭りの期間は14日から1週間で
その間はパートナー同士は一緒に過ごさなければならないのだそうだ。

要するにこの学校ではバレンタインが1週間続くという訳だ。
 
ある意味、尋常じゃなく非人道的な気もするが
何故かこのイベントは学生に人気なのだそうだ。

このイベントでパートナーを組んだカップルが
その後本当の恋人同士になり、結婚に至ったケースは枚挙に暇が無く
元々セレブの集まりのような学園なので
政略結婚させられるよりもこっちがマシ、という向きもあるんだとか。
 
 
と・・・・。
目の前にいる後輩に たった今教わったばかりの私・・・。
 
 
「ねぇ、桜子。私達勉強する為に留学してるのよね?
集団見合いしてる場合じゃないでしょう?」

「先輩・・。相変わらず優等生っぽい発言ですわね。
ではお聞きしますが、キュレーターになる勉強なら
フランスへ行かれた方が良かったんじゃないですか?
先輩はフランス語も話せるんですから。
なのに態々韓国ですよ?アメリカでもフランスでもなく!
深夜バイトのレンタルビデオ店、でしたっけ?
そこでドラマ観てたら韓国語覚えちゃったから
留学先は韓国にするって言ってサッサと行ってしまわれて!
桜子は先輩を追いかける為に必死でハングル覚えましたのよ!
お陰で一年追いかけそびれましたわ!
これくらいの楽しみがあっても罰は当たりません!
素敵じゃありませんか?韓流セレブと集団見合い!」

「ハァ・・・。その話は何度も聞いたけど
ついて来てとは頼んでないし・・。
それに何で私まで巻き込むのよ?その何とか祭りに!
桜子だけ楽しめばいいでしょう?モテモテなんだし。」

「ですから!!これはチャンスなのですのよ!
先輩はくじ運が良いというか、ある意味良過ぎるというか・・・は、この際置いといて!
日本屈指のセレブ・キラーなんですから、ここらでその持ち腐れてる能力を発揮させて
そこらじゅうにゴロゴロしてらっしゃる韓流なセレブでも掴まえて恋をなさいませ!」

「え~~~~。良いよ、そういうのは。」

「・・・・先輩、・・・・・まだ、道明寺様の事を?」

「違う違う!そっちはもう本当に決着ついてるから。
でもさ、もうコリゴリなんだよね。恋だの愛だのって。
所詮私には不向きな世界だったのよ。
何をトチ狂っちゃったのか?って今は思ってるくらいだもん。」

「だからあの時、花沢様の想いにも応えられなかったんですか?
道明寺様のいるアメリカは勿論、フランスを留学先に選ばなかったのも
あれほど熱心に学ばれて、成績もトップクラスだった経営学ではなく
畑違いの芸術学部を選ばれたのも・・・・?」

「桜子・・・・」
 
 
みるみる目を真っ赤にしていった桜子は
いつに無く私の琴線に触れる物言いをした。

年明け早々登校したら何故か目の前に桜子がにこやかに立っていて
私を追って留学してきたと言った。

それから一度たりとも彼らの事は口にしていなかった彼女が
今日に限ってそれを口にしたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
道明寺が私と4年後の約束をしてNYへ行き
私は道明寺社長にも認められ英徳大学の経営学科に進み
道明寺財閥の仕事を学ぶ、という理由で
楓社長や西田秘書について様々なことを覚えた。マナーも、教養も・・・。

2人が自ら教えてくれたあの時間が、今の私を創り出した全てと言えるだろう。

そして約束から2年後、私が大学1年の冬。私達の約束は消滅した。
 
リーマンショック以降のアメリカや日本経済の冷え込みは、
巨大コンツェルンには一層打撃が大きい。

会社を、そして社員を救う為に
御曹司は愛よりもビジネスを磐石にする為の結婚を選んだ。

F4や桜子達への説明も含め、
表向きの私達の婚約解消の事情はそういうストーリーになっている。

けれども、本当は違うのだ。

それを知るのは私と、椿お姉さんと、楓社長と西田秘書のみ。

道明寺本人は、気付いていないのか認めたくないのか・・・
否定していたけれど・・・・。
 
楓社長は鬼でも魔女でもなく、本当に子供を愛する普通の母親でもあった。
彼女はいち早く息子の心情の変化に気付き、私との話し合いの時間を設けた。

昔の私ならその言葉に様々な憶測をしたかもしれないけれど、
あの頃の私と違って【お金持ちに馬鹿にされる貧しい庶民】では最早無い

知らないうちに、そんな自信がしっかりと芽生えていた。

私の中に根深くあった卑屈な劣等感を拭い、そういう私にしてくれたのは
楓社長その人であるという眼前にある紛れもない事実が
私の目を曇らせてはくれず、ただそこにある真実を見つめることを促した。
 
自分が育てたと誇れるのは西田と貴女だけ。

実の娘や息子よりも貴女には私の全てを見せ
貴女もまた私に応えて常に私の予想以上の結果を出してきた。

その優秀さを私は好いている。

そう言いながら、楓社長は涙を零した。
済まないと言って。
 
 
 
違うのだ。


 
男が、他の女に恋をした。

それはもうなんとも手の施しようがない事で、人生とはきっとそのようなもの。
どちらに罪があるといった性質のものではないのだ。
 
 
 
道明寺に相応しい人間になる。

そう思って必死で頑張ってきた2年間は
私にお金では買えない財産を多く残した。

十分過ぎるほど・・。

だからどうか謝らないでほしいと
今では母とも慕っていた上司に願った。

そのまま去ろうとした私を、楓社長は許さなかった。
手塩にかけて育てた私は、ビジネス上の娘だと言って。

彼女はいつも【ビジネス】を言い訳にして
優しさを見せる癖があることを私は気付いていた。

「母なのだから、娘の幸せを願うのは当然だ」と言い
私の性格を知り尽くす彼女は私に仕事を与えた。
 
 
【立派な、誰もが認める素晴らしい女性になること。そして女として幸せになること。】

それがあなたの、これから為すべき仕事だと・・
 
 
そして必要経費だといって、彼女は私に今の生活を与えた。
対価は人生の充実度で支払うように、と。 
いつものように皮肉気に笑いながら。
 
 
本当に、彼女は私を見抜いていたのだ。
あれから1年経ちつくづくそれを実感する。
 
 
私は恋が何かも分からないまま、道明寺と恋に落ちた。

そして今、私はやはり恋が分からず
恋愛をすることが出来ない女になっていた。
 
花沢類は私達の破局を知り、想いを告げてくれた。
それが同情ではなく彼の真実であることも分かっていた。

結局私は彼の手を取らず、F4からも離れ
彼らの仕事上全く関係のない韓国に留学した。

あれから何度か彼から連絡があったが
今も私は彼を恋愛対象として見ることは出来ないでいる。
 
 
 
 
 
椿お姉さんは「司に関係なく、つくしちゃんは私の妹よ」と言って
折に触れ大量の衣服を贈ってくれる。

私は、道明寺という婚約者を失ったが
楓社長という母と椿お姉さんという姉が出来た。
 
2人の偉大な女性に守られて
この国で暮らすことは、最初は酷く心苦しかった。

でもそれさえもお見通しの彼女達は
韓国の地で私に出来そうな僅かばかりの仕事を与え
それを理由に私の戸惑いさえも拭い去るのだ。
 
 
「自分の能力に見合った対価を受け取るのは社会人としての常識である。」

などと言いながら・・
 
 
不思議なことに、彼女達と私との関係は
あの頃よりも今のほうが密接で、本当の家族のようでもあった。



折に触れ来韓する彼女達は
私を抱きしめ
私の安否を気遣い
そしてそっと
私の傷の深さをハカル
 
 
 
 
 
気遣うことばかりに慣れ、気遣われることに不慣れで、
酷く臆病になる私に有限ではなく無限の、有償ではなく無償の愛を
只管に注ぎ込んでくれる彼女達によって、私は少しずつ気付き始めていた。
 

道明寺は私を変えようとし
私も彼のために変わろうとした。


それはきっと全く違う世界に住んでいた私達には必要なことではあったけれど
互いを疲弊させることでもあったのだと思う。
 
互いの為と言い聞かせて頑張れば頑張るほど 
私も彼も、お互いに少しずつ疲れていった。
 
彼女達の見せてくれる愛情は、
頑なだった私の心を解してくれたが

私と彼の恋愛は、
お互いを少しずつ頑なにさせていってしまうものだった。
 
 
だからといって、どうすればよかったのだろう?


相手を理解しようと歩み寄ることで、理解できないことに気付き
無理に足掻いて、結局自分も相手も見失ってしまった。
 


彼との恋愛は、全てが巨大な矛盾の中にあり
彼の愛なくしては生きられず
なのに彼の愛によって傷付いた日々だった。
 
 
 
私には、恋も愛も わからない・・・・・・。