「つくし!!!」
 
再度。今度は1人で芸術学部棟へと引き返し、直ぐにつくしを見つけた俺は
両手を振り上げて彼女に向かって叫んだ。
 
「ジフ!!どうしたの!?なんであなたがここにいるのっ!?」
 
驚いたウサギの目になったつくしも
俺に向かって駆け寄りながらやっぱり叫んだ。

そんな些細な符号が云い様も無く楽しくて
色々収まりきれずにはみ出した喜びが全身から溢れ出す。

きっと今の俺はどうしようもなくだらしない顔で
笑み崩れてるような気がするけど・・・。

ま、いっか?
 
 
「つくし!俺たち、同じ大学だったんだ。俺、ここの経済学部なんだ。」

「えっ!?そうなの?でも、よく私がここの学生でこの学部だってわかったわねぇ~」

「うん。つくしのルペルカリアのパートナーの権利は俺が獲得したんだ。
それでつくしを見つけに来た。」

「えぇ~~??あのへんてこなお祭りのパートナーってジフになったの~~~!?!?」

「そう。・・・つくし、俺じゃ、嫌?」

「そんなわけないじゃんっ!ジフで良かったよ!
後輩が勝手に私の名前を入れちゃって困ってたけど
パートナーがジフなら気楽でいいよ。ほんと、私ってクジ運いいかも!」

そう言って笑うつくしは本当に嬉しそうで、思わず俺の頬も引きあがる。
彼女につられて俺のテンションが絶好調にアガるのは、最近じゃ珍しくない。

「でしょ?俺も相当クジ運良いみたい。
無理矢理引かされて紙広げたら【牧野つくし】だろ? すげービビッた。
俺達、昼間もこんなに近くにいたなんて、全然気付かなかったし・・・。
けどお陰であんたを見つけられた!」

 
 
最初、驚きまくる彼女に一瞬不安になって
俺じゃ嫌だったかと聞くとそうではないと言ってくれた。

俺だと気楽だ、とつくしは言ったけれど・・・。
それはどうかな?と内心苦笑いをしてしまってもいた。
 
 
「ねぇ?つくし、これからの予定は?」

「講義はもう全部終わったし、特には考えてないの。
美術館にでも行こうかなって思ってたけど。」

「ふぅん?じゃ、俺と行こうよ。美術館。
それで、帰りに地下のスーパーに行って食材買って
今夜はアレ、食べたいんだけど。
えーと・・、野菜とか肉を黒い汁で煮てタマゴにつけて食べるやつ?」

「黒い汁?タマゴ?・・・あぁ!すき焼きっ?
そういえばジフ、お肉嫌いなのにあの時はよく食べてたわよねぇ。」

「あの肉は食べられる。
俺、あの甘いのかしょっぱいのかイマイチどっちつかずな味好きみたい。」

「イマイチどっちつかずって・・・。ジフ、それ褒め言葉?」

「とーぜん!つくしのごはんはみんな面白い味で好きだよ!」

「ジフ、褒め言葉が微妙すぎるよ・・・。
まぁ、いいいわ・・ジフだし。でもジフって美術館なんか興味あるの?
無理して付き合ってくれなくても、別の日に行くから気にしないでいいんだよ?」

 ねぇつくし、俺だし、で、まぁいいや、ってどういうこと?
と、ちょっと気になったけれどそんなことよりも。
 
本当に、俺たちはお互いを何も知らないんだね

つくしの言葉で再確認した。

何故だろうか?

そう思った途端、目の前が不思議な明るさを帯びて冬の青空みたいに心が晴れた。
 
 
始まるんだ。今から。
 
 
何が?とかは もう考えない。 
どうせ心は思うよりも御しがたくそして正直だ。
 
つくしの視線が俺に向いただけで
彼女が俺に一直線に走り寄ってくるだけで

俺は世界中の誰よりも幸せになった気持ちになるし
パートナーは俺で良かったと言ってくれるだけで俺はこんなにも気分が良い。

俺がリクエストした食事を、彼女が快く作ってくれるというこれからの時間に
フワッと風に舞う羽毛みたいに心が飛ぶんだ。
 
俺がこの国最大の文化財団の跡取りと知らない彼女。

隣人だと思っていた。
そしてそれはいつの間にか友人と呼べる存在になっていた。
 
 
そして・・・。


きっと今日という日は、俺のこれからの人生の最初の一日になる。
 
 
「つくし。いろんな事を話そう。俺の事を知って欲しいし、あんたの事も知りたい。」

「急にどうしちゃったのよ?ジフってば、今日はなんだか変よ?」

「だってつくし。タマゴを割らないとオムレツは作れないだろう?」

「は?当たり前じゃない。そもそもタマゴが無ければオムレツって料理も存在しないわよ!?」
 
 
何がスイッチなのかな?
突然怒り出す彼女の華奢な背中にそっと手を当てて、「行こう!」と促した。

スキンシップを苦手とする彼女は一瞬身体を硬くしたけれど
俺のテンションに引きずられる様に「仕方ないわねっ!」と笑いながら
こっそりそれを弛緩させたのを、俺の手は敏感に察知している。
 
 
1つずつ進んで行こう。
 
 
スキンシップがどうして苦手なのかを考えるよりも
俺の手に慣れてくれればいい。

彼女が恋を避ける理由を思い悩むよりも
俺と笑ってくれる今が大事だ。

これが恋なんだろうか?

と分析するよりも
彼女を喜ばせることを探すほうがきっと愉快だ。
 
恋を知っていることと、実際恋をすることとは違うし
愛を否定することと、愛を嫌うこととはきっと一緒じゃない。
 
あんたが心の底で何を考えてるか?なんて
考えても仕方のないことを考えるのは止そう。

俺に何が出来るか?

なんてアホらしい思いに囚われて
身動きが取れなくなるのだけは勘弁だ。
 
人の考えなんて状況や経験や、他にも様々な要素で
いくらだって変化するものだし

その時の行動が正しいか正しくないかなんていうものは
大抵の場合後から付帯される見解に過ぎない。
 
俺が恋という感情を知らないと思うのは
過去の2つの勘違いが理由で

彼女が恋を恐れるのは
過去の大恋愛の破局が理由だとすれば

俺たちはたったそれだけの事で
これからの全部を判断するのはきっと間違ってる。
 
 
先のことなんて、誰にもわからないんだ。 
 
 
俺らしくも無く前向きな気持ちにけしかけられる様にはしゃいでいる俺を
今日のジフは本当に変だと訝しがりながらも、なんだか可愛いねと笑うつくし。

「男が可愛いなんて、不気味だろ?つくしのほうが百倍可愛いし。」

真顔で答えればリンゴみたいに真っ赤に顔中染めて
ドモリまくりながら俺の胸の辺りを小さな拳で軽くパンチしてくる。

「そんなところが、可愛いと思うよ。」

益々上機嫌の俺はつくしのつむじにそっと口付けを落とした。
 
 
「ジフ~~~!?!?な、なに、ななな・・???」

「つくし。いいだろ?これくらい。 それに、そんなに可愛いつくしが悪いっ!!」

「は、はぁ~~~???ジフ・・ほんとに、どうしちゃったの???」

「わかんない。けど多分、俺のタマゴは割れちゃったんだよ、もう。」

「ったく!なに訳わかんない事言っちゃってんのよ?さっきからタマゴタマゴってっ!」

「ふふ~ん♪ 教えない。まだ。」

「まだ・・ってもぉ~・・・・。ハァ~・・。
ほんと、どっかの誰かさんにそっくりなんだから・・。」

「・・・・似てない。」

「へっ?」

「俺、どっかの誰かになんか、似てないからね。」

「ジ、ジフくん?今度は何を急に怒ってるのかな・・・・?」
 
 
不愉快だった。

つくしは俺と一緒にいるのに、常々彼女が俺と似ているとかいう
そのナントカという奴を思い浮かべたんだと思ったから。
一瞬でもつくしの頭の中を、俺以外の男が占拠するなんて許せなかった。

喩えそれが【俺】の所為だったとしても・・・・・。
 
 
「つくし!」

「は、はいっ!」

「お手っ!」

「は、はいっ!」
 
 
いきなり俺の掌を目の前に突き出された彼女は
反射のように自分の手を乗せてきた。

それを、絶対に離さないぞ!
という意思を籠めて握りこみ
また赤くなった彼女の顔を覗き込んで
ようやく俺は自分の気持ちを持ち直した。

「お利口、お利口」

からかうように笑いつつ反対の空いているほうの手で、彼女の頭を撫でてやった。
 
俺にはつくししか見えていなくて
周りの事なんていつも以上に全く意識の外だった。

それはこの後つくしといるといつでも起こる現象になるけど
この時はまだそんなことも知らなかった。
 
 
だから気付くのが遅れた。
 
 
俺達がいるのが芸術学部棟から少し行ったところの中庭で
そこには沢山の学生がいたという事。

そしてその中の男たちの多くが俺を酷く睨みつけていた、という事。
 
美しく聡明で上品なのに奢り昂ぶらず、優しくて気さくなつくし・・。

モテないわけが無かった。

俺との出会いだって、彼女にとっては何ら特別なものではないのだろう。

目の前に困っている人がいるから助ける。

きっとそんな風に誰にでも最大限の親切を施して
どんどん友達という名の彼女の【崇拝者】を作ってしまうに違いない。

鈍感な彼女は自分の魅力も
その警戒心の無さ故の危うさも

何にも全く、これっぽっちも気付いていないけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「牧野さん!」
 
突然俺達の目の前に知らない男が立ちはだかって、つくしだけをジッと見ていた。