嘗て彼は、こうやって複雑な外交問題も切り抜けてきたのだろう。
 
つくしのことなどレントゲン写真を見るようにお見通しだ

と、言わんばかりの目を、老人らしい柔和な表情に紛れ込ませ
有無を言わせない不思議な説得力で彼女の心根に迫ってくる。
 
 
「お爺様・・、私・・。
今朝、彼の・・・、ジフの腕の中で目が覚めたとき、本当は凄くホッとしたんです。」


ーーーー仕方なく、という風に心の内の本心を口に出せば。

何処かでこんな風に、気持ちを吐き出せる場所や相手を
ずっと自分は求めていたのかもしれないと、すぐに気付いた。

次々に頭に浮かぶ、感情の名前すらつかない思いをそのまま言葉にするのは
意外にも心地よく感じたし、以前ジフに物語と称して語った己の過去の見直しとは違い
話す内容や言い回しを、然程気にすることもなかった。

父よりも年上の、異性というよりは単に人生の大先輩の胸を借りている、ぐらいの気持ちで
いられるからだろうか、と考えて、それはすなわちあの頃から自分は彼を異性だと意識してた
という証拠になりはしまいか、と一瞬焦ってから、なぜ焦る必要があるのか不思議にも思う。

だって彼が、出会った頃から一貫して異性だったのは間違いようも無い事実ではないか。


「もうずっと、何年も熟睡という眠りを忘れていて・・
それは道明寺と付き合う前も、付き合っていた頃もそうでした。
思い返せば、楽しい事の何倍も大変な事があった恋愛で
でも私にとっては、それが初めての恋で、それしか知らなくて・・・」


部屋の隅の柱時計に目をやりながら、心はあの日々の中にいて
視覚的情報は、ただそういう形のものとしてすらも、頭に入ってこない。


「そしてそれを失ってホッとする自分に、ある時気がついて・・・
もうあんな事は出来ない、だから恋も無理だ・・と思って・・。
多分・・、私は・・・、ただ何となく思い込んでいたんです。
ひな鳥の刷り込みのように、ああいうのが【恋】というものなんだと。」


それはなんて偏った思い込みだったろう?

たった一つの終った恋が、恋の全てだなどと、普通に考えても例が少なすぎる。
加えて、あの恋を基準にしても本当にいいのかと、誰かに問われたならば
きっと当時の私でさえ首をかしげたに違いない。

それくらいは、この恋の波乱万丈さがイレギュラー過ぎていることは
恋愛経験に乏しい自覚のある私ですら解っていたのだから。

多くの恋愛小説や漫画のような非現実的な世界ですら
リアリティに欠けると却下される予感しかしない・・・。


「昨夜、お祖父様とジフと私、3人で私の作った料理を食べましたよね。
あの時私・・・、激しい恋もロマンチックな恋も恋は恋なのだろうけど
毎日こんな食卓を囲むような、平凡で当たり前な恋こそ本物なのかもしれない・・・
なんて考えが、急にポッカリ浮かんでしまったんです。」


そう。今朝の大騒ぎは、そんな風に不意にぽっかり浮かんでしまった考えに
全てが起因していたと言っていい。

あんな事を考えてしまったから、こんな目の前の現実が起こってしまったのではないか?

それが怖くて恥ずかしくて、ただ居たたまれなくて。
要はジフには理不尽すぎる八つ当たりをした、んだと思う。
 

「非日常的な経験をするのも恋の醍醐味に違いないが。
つくしの今の話を意訳すれば、お前が昨夜浮かんだという恋は、日常の中に確かにあって
けれども当たり前すぎて、見ようと思わないと見えない、そんな恋こそ本物、という事か・・。
何が本物で何が偽物とは一概に言えぬものではあるのだろうが・・・、さて。」


目の前の人の目がキラン、と光った気がしたのは気のせいだろうか?


「つくし・・・。 それはもう恋というよりも、愛というものじゃないかのぅ?」
 
「あれは・・・。この気持ちが・・・・。 恋じゃなくて・・・・愛?」
 
「感情の名前は知らないまでも・・・
安心できる眠りもまた、昨夜の食事と同じ類のモノだと
聡いお前は、直ぐに気付いたんじゃろう?
それであれ程戸惑い怯えて、そして焦っていた。
気付いてしまった想いを否定したかったのか?」


なにやらとてつもない変化球が飛んできて、驚いた。
驚いたけれど、その低くてちょっと擦れた落ち着いた声で予想された私の心情は
言われてみると確かにそんな感じだったと、違和感無く納得できてしまった。


「・・はい、多分、そうかもしれないです。
私は・・、きっと、無意識に彼を求めているんだと
気付いてしまったんです。 それはまるで、夢遊病者のように・・・。」


自分でも振り返ってみると、成る程そういうことだったのかと
思う事が、驚くほど多かった。


「思えば最初から彼に対しては何かが違っていました。
道明寺との別れで異性に対して臆病になっていた私は
いつも広く浅くを心掛けていたんです。
誰の心にも踏み込まず、私の心にも踏み込ませない距離感を常に量っていました。」


だけど、彼には・・・


「でも、ジフには・・・・
彼にはそれが最初から出来ませんでした。」


その事はこんな私でも自覚があったし、自分なりに納得できる理由もあった。


「最初は日本の友人に似ているからだと軽く考えていたんです。
でも、そうじゃなかった・・・。
私はその友人にもこれ程心を開いた事は無かったんです・・・。」


そうなのだ。
最初は花沢類に似ているから、と不思議な距離感の近さを納得していたけれど
彼を知るごとに、ジフと花沢類の違いばかり目に付いた。
それでいて距離の近さは変わらなかったし、寧ろ彼とジフが違うからこそ私は気が楽で
ジフとの時間が楽しくて、特別で、・・・何ものにも代え難くて、失いたくなくて・・・
 

そうじゃよなぁ、と同意の言葉をもらって、一瞬何のことかわからなかった。
私にとってジフが特別な存在だと、まだ殆ど知らない、それもジフのお祖父さんでもある人に
言い当てられてしまったのかと内心焦ってしまったのだ。


「今朝のような争いは、余程相手を信頼して甘えられないと出来ぬものじゃよなぁ。」


釣竿を垂らしたから魚が釣れた、夜になったから明かりを灯そう
敢えて言うまでもない当然のことを口にする気軽さで言われた事が、私には衝撃過ぎた。

 
「え?それは、どういう・・・?」
 
「なんじゃ?自分で気付いてなかったのか?
つくし・・、考えてもみろ?
お前は頭ではジフの言葉が正しいことを理解しておったじゃろう?
しかし心がそれを拒否した。まぁ、一種の照れ隠しじゃな。
だがそれは理屈に合わない怒りで八つ当たりのようなものじゃろう?
それをぶつけても相手は自分を嫌わない、八つ当たりだったと謝れば許してくれる・・・」


八つ当たりをしてしまう経緯に関しては納得できる。
ついさっき、自分でもそう思ったばかりのことだ。
ただ、八つ当たりできる相手=甘えても大丈夫な相手、とは思わなかったけれど・・・

私は無意識に、ジフに甘えてたのだろうか?

この私が?
あの【牧野つくし】が?

確かに心のどこかで、あれは八つ当たりだったのだ、ごめんなさい、と謝ったら
ジフは笑顔で許してくれるだろうとすっかり信じきっている自分がいる。


「余程相手を信頼して甘えられないと出来ぬものじゃよなぁ?」


心の声が、漏れたかと思った。



「今朝のお前たちの行動は、信頼とも甘えとも言えるだろうが
要するに固い絆が相手と自分の間にあると、信じられるからこそ出来るもの。
つくしは我を忘れて怒っていたようじゃが、ジフは終始楽しそうじゃったろう。
まぁ、あまりの激しさにちょっとは焦ったかもしれんが、ワシに呼びつけられてからの
あいつときたら、鼻の下をベローンと伸ばしてだらしなくにやけていたろうが。」



お前と朝っぱらからジャレ合うのが、ずいぶん楽しかったと見える。

そう言って笑うお祖父様こそ、そんな孫を面白がっているようにしか見えないけれど
言われてみれば確かに彼は私に叩き起こされた一瞬を除いて、ずっと機嫌が良かった。

それが私の怒りを更に加熱させた理由でもあるのだけれど
今思い返すと、ジフが笑っていたからこそ、まだ許されていると安心していたのかも・・・



「要するに、ジフはお前にベタ惚れってことじゃろうな。
怒る事はあってもお前を嫌うなぞ、あいつには考えもつかん筈じゃよ。」


 ・・・・・・・。

 
「ハァ・・ナルホド・・・・。
確かに私は・・彼に、甘えているんだと思います。今気付きましたけど・・・。」


本当にたった今、なんだけど。
だからイマイチ色々感情も状況も整理しきれてないんだけど。


「これまで何度か異性の方から告白をされたりした事がありましたが
そういうのは口先だけに思えて、簡単に断ったり無視したりも出来ました。
でも・・それが恋愛かどうかは別にして・・・
彼のように常に態度で私に対しての好意をストレートに示されると・・・
ほだされるというか・・・寄りかかってしまうというか・・・??」
 
「のう?つくしや。お前の今の気持ちは言わば熟れ始めた果実のようなものじゃ。
丁度良い頃合いでもいで、美味しく食べてしまうといいと思うぞ?」
 
「へ?」
 
「果樹に実が生る。しかしその実が食べられるようになるまでには時間がかかる。
いつ頃収穫しようなどと皮算用してみても、予定通りにはいかぬ。
途中で嵐が来れば青いままで落ちてしまうこともあるからな。
結局どの実が熟れるかなど、神のみぞ知る、というものだ。お前の心も同じじゃ。」


今度はいきなり果物の収穫の話になった。
そしてそれが、今の私の気持ちと同じ?


「様々な人に出会うが、それがどんな実を結ぶのかはお前がどう足掻いても解らん事じゃ。
お前とジフ、という果実はどうやら完熟期までは何とか迎えられたらしい。
ならば目の前の実を適度な頃合いで、もいで食べてみろと言っておるんじゃよ。」


え・・・っと。
そもそもいつの間に私とジフが完熟期を迎えていたことになったんでしょう???

 
「でも・・・。まだ知り合って間もないし・・。
それにそういう意味で私なんかがジフの傍にいるのは・・・」
 

これまではいいの。

だって友達は別に容姿が良いとか、才能があるとか、あんまり関係ないから。
単に一緒にいて楽しいだとか、話が合うとか、気を使わなくて済むとか
そういう理由だけで一緒にいられるはずだし、周りもそうなんだ、で許してくれるはず。

けど今果実に例えられているのはそういう関係じゃないことぐらい、流石に私でも分かる。

それって私が、あの、下手な女性より色気があって綺麗で、人からお金取れちゃうほどの
音楽の才能もあって、でもそれ以上の努力家で、ついでに優しくて心が広くて大人で
なのにものすごい悪戯好きっていうギャップも完備なユンジフという男の隣にこ、こ、こい
鯉人・・、じゃなかった、恋人、として存在するってことなわけで・・・????


出会って間もないとか多分言い訳だとは自覚してる。でも、私なんかじゃ・・・

全人類の女性から、石を投げられる未来しか見えない・・・・



「ハァァ~・・・。お前は馬鹿か?どんなに時間をかけても熟れないで腐る実もあれば
短期間で美味しく育つ実もあるだろう?時間など関係無いわい。
そんなものは其々なんじゃ。ルールも目安もありはせん。
ならば聞くが、一体どれくらいの期間がこの場合適度だと言うんじゃ?
熟れた時が、その時なのではないのか? それとな、つくし。これだけは覚えておきなさい。
【私なんか】と言う者には幸せなんぞやってこんのだぞ?」
 
「・・・・・・・・。」
 
 「私なんか、と考える者は、いつか口から出る言葉も卑屈になる。
卑屈な言葉は、卑屈な行動を生み、それはいつかその者の習慣になる。
習慣というのは恐ろしいもので、知らないうちに性格になるんじゃよ。
そして卑屈な性格の者は、相応の運命しか引き寄せられんのじゃ。」
 

どうしよう。あまりにもその言葉通り過ぎて目の奥が痛い。
自分が卑屈の最終形態まで行ききっているような気がして
道明寺との事も、相応の運命ってやつだったのかもしれないと思えてきた。

今はこんなに親身になってくれるお祖父様だって
目が合えば優しく微笑んでくれるジフだって
私の卑屈さが引き寄せる【相応の運命】とかで、いつか・・・・
 


「泣くな、つくし。お前はまだ若い。
これからいくらでも変わっていける可能性を持っているんじゃぞ?
この国には良い言葉があってな。【始めたら半分やったも同じ】と言うんじゃよ。
つくし、怖がらずに進んでみなさい。そして自分の手で運命を善くし、掴みなさい。
ほら、もうすぐジフが戻ってくるぞ?取りあえずちょっと始めてみたらどうじゃ?
そうすれば、【半分やったも同じ】になるぞ?のう?」
 

 
大急ぎで事務的な仕事を終えて戻ってきて見たものは・・


まるで本物の祖父と孫のように、優しくつくしの背をさすってやりながら
話しかけているソギョンと、その優しさに守られながら子供のように泣いているつくしの姿で
それは男女の愛なんかよりも、ずっと高尚で清らかな慈愛に満ちた光景に思えて
ジフは一旦部屋を出る事にした。
 
愛しい女を祖父とはいえ自分以外の人間に慰めさせたくは無かったが
悔しいけれど、今の彼女の涙を癒してやれるのは自分ではない事を察したのだ。
 
壁に背を預けながら少しだけ垣間見た2人の光景を思い出すと、悔しさよりも
その光景を慈しむ様なような優しい気持ちがその胸に静かに去来する。
 
瞼を閉じたまま、フフッとひとりごちに微笑むと2人に美味しいお茶でも飲ませてやろうと
その仕度をしにキッチンへと身体を向かわせるのだった。
 
 
 
 
 
 
 
午前中は邸で引越しの荷解きだとかの細々(こまごま)とした用向きを済ませ
太陽が僅かに西に傾いた頃、散歩と称して2人は街の散策へと予定通り出掛けてみた。
ただ家からの坂道をゆっくりと下り、お寺に御参りしたり近くの細い道に入って
隠れ家風の見晴らしのいいカフェで休憩したり、特に他愛のない散歩だった。
 
それでも見知った町並みがつくしと歩くだけで
全く違うものに見えてくることにジフは新鮮な驚きを感じて楽しかったし
何処と無く雰囲気が柔らかくなってきたつくしの変化も彼を大いに喜ばせた。
 
何気なく手を繋いでもそれに身体を固める事も無いし
どころか気に入った景色やモノを見つけると、彼女の方からジフの肩を軽く叩いてみたり
目が合えばはにかんで微笑んでみたりする。
 

これは・・・。どういうことなんだ?とジフは思う。
 

今朝は目覚めたら同じベッドの中につくしがいて、そしていきなり怒っていた。
その怒り方はなかなかのもので驚いたが、彼女との心の距離が一気に近付いたような気もして
不思議と逃げる事も楽しかった。

彼女といるとホンの1分でも億劫とか退屈だと思う暇もない。
寝ている間すら面白い事がおきていたのかと思うと、寝ていた事を惜しいとさえ思った。
 
つくしと共に実家に戻った事を最初は一歩後退したように感じていたが
たった一晩同じ屋根の下で寝ただけなのに、今日は二歩も三歩も前進しているように感じる。
 
特に今まで何の屈託も無く彼を見上げてきていたその瞳は
今日は何度も揺れてそっと逸らされることを、鈍くない彼は既に気がついていた。

その仕草には拒否や嫌悪は感じられず
目が合うよりも逸らされる事でジフの体温は少し上がる。

ただ・・・、そのままでは寂しいような気もするから、と
彼が身体を屈めて彼女の瞳を覗き込めば
今までは見たことの無かった不思議な微笑を湛えて彼を見返す。

その微笑に今度はジフの心臓がドクンと大きく脈を打って
何故だか今度は彼の意思を無視して身体が勝手に彼女から視線を逸らそうと
まるで反射のように動いてしまうのだ。


もっと見ていたいのに、目が合うとどうして良いか判らなくなる。
 
 
とりとめも無くそんなことを考えながら
彼女のこの街に対しての感想に相槌を打つ帰り道も
彼の手はしっかりと彼女の手を握っていて
心なし彼女の方からも握り返してくれているように思う。
 
帰りの坂道は登りが続き、少し体温が上がっている所為だろうか?
彼女からいつもとはちょっと違う香りがして、ジフの鼻腔を掠めていった。

ただエレベーターですれ違っただけの時から
彼の印象に良いイメージとして残り続けていた彼女の香り。

それは親しくなるにつれて彼をホッと落ち着かせる香りとなり
彼の中では彼女の一部にも感じられるようになっていた。

だから、今気がついたこの香りが何となく気になった。
 

 
「・・・・この香り・・・。」

「ん?なに?香り?どこかにお花でも咲いてるのかしら?」

「いや・・。確かに花の香りっぽいんだけど・・・。つくし、今日は香水つけてるの?」

「え?あ・・・・、もしかして、臭かった?」

「違う。今急にフンワリ匂っただけだけど、良い匂いだよ。
でもいつものつくしの匂いじゃなかったから。」

「ジフは、いつものほうが好きなの?」

「・・というか。それがつくしの匂いだって
思い込んじゃったっていう方が正しいのかも?
単純に香りという意味でなら、この香りも凄く好きだな。
いわゆる香水臭くないし・・・酔わない。」

「あっ!香りに酔うって解るわ!
私、香水の存在は好きなんだけど好きな匂いは少ないのっ!」
 

 
香水自体は好きだけれど好きな香りは殆どない
という彼女のいつもの香りは、驚いた事に香水だという。

ロスに住む元婚約者の姉が、彼女の香りの好みを知って以来いつも送ってくれる
CLEANというNY発のブランドの香りにはsoap fragranceのラインがあって
そのシリーズの香りはどれも基本的に石鹸や入浴剤、柔軟剤等の香りのようで
「貧しかった私にはそういうのが憧れの香りだったのよね。」と笑う。

いつも同じ香りがすると思っていたけれど、
特に気に入りの数種類をその日の気分で付けていたらしい。

だが、この数ヶ月は殆どProvenceという柑橘っぽいのばかりだったと笑っていたので
自分が好んだのはその香りかもしれないと彼は密かに思った。
 
そして彼女は時々、日本人のパフューマーが日本独特の香りばかりを調香している
フレグランス工房から幾つかの花の香りを買い求めていて
季節や気分によって故郷を懐かしむように故国の花の香りを身に纏うのだと言った。

今日は【枝垂紅梅】をつけていたらしく
確かにその香りは木の枝に咲くタイプの花のような
ほんのりと儚い、けれどもどことなく凛とした香りだった。
 
つくしの香りに対する考え方を好きだとジフは思った。
 
雄に嗅がせる為の香りではないし
自分を良く見せようという意図なんて露ほども無いから媚もない。

清潔で温かく、彼女の香りには彼女のルーツがあってストーリがあるのだ。

彼女はどんな小さなことに対しても必ず【牧野つくし】だが、
本人すら無意識のそれはひどく自然で、纏う香りさえ彼女という存在を裏切っていないことを
敢えて意識させることもないのだろう。
 
彼女のような人にこそ、自分の選ぶ香りを纏わせたいと思うのは、男のサガだろうか?と
生まれて初めて感じる、香りにさえも自分を反映したくなる独占欲のような想いの深さに
戸惑いながらもくすぐったく思えて、彼は静かに微笑んだ。
 
 
そうして大騒動で始まった、パートナー2日目の宵がゆっくりと当たり前に暮れていった。