「つくし?準備出来た?」

「うん。後は・・・・」

「それは俺にやらせて。」
 

 
ジフは人差し指でクイッとつくしの胸元を下げると
私から渡された香水を、ワンプッシュだけ吹きかけた。

それから、徐に顔を寄せるのを何となく見守っていると
左側のギリギリドレスに隠れる辺りに、深紅の彼の印をつける。
 


!?!?!?
 
 
「これで準備は出来上がり。完璧だね!」

「ジフ?今何したの!?」

「うーん。手付金?」

「は?」

「いーから。いーから。さ、行こうか?」

「もう!ジフッてば! また悪魔化してるっ!?」

「だから、言ってるだろ?悪魔は褒め言葉だって。なっ?」
 
 
つくしが着ているドレスはシルクタフタで、ウエディングドレスのような清楚な白が
その独特のシャンブレー効果により、光の当たり方次第で様々に表情を変化させる
ワンショルダーのロングドレス。

ペチコートを使用しないドレスなのでラインはシンプルなのだが
腰の下辺りからティアードレースが、上品且つゴージャスにあしらわれていて
清楚な中にも華やかさを演出している。

そして、そのドレスを最もフェミニンに仕上げているのはウエストのサッシュリボンで
長さが膝下20センチほどもあるフューシャピンクがアクセントになり
花の精のような可愛らしさである。
 

このドレスは、道明寺楓と椿からの婚約祝いのプレゼントだった。


彼女達はこの日がつくしの婚約発表になることを予測し、フランスの一流クチュリエに
たったの一週間でこの素晴らしいドレスを仮縫い無しで作らせたのだ。

ウエディングの際にはつくしをフランスまで連れて行き
もっと素晴らしいドレスを作らせるのだと、今から張り切っているようだ。


ソギョンが笑いながら、そう教えてくれた。
 
 
 
 
 
 
つくしの日本行きは元々1泊するだけの弾丸帰国の予定で
その理由を聞いたジフは、つくしの目の前で直ぐにジュンピョに連絡して
PJ(プライベートジェット)を一機借りうけ、つくしに伴って来日を果たした。
 
 
類は2人の熱々ぶりを見て一瞬辛そうに表情を歪めたが
直ぐに、つくし曰くの【天使の微笑み】をフワリと浮かべると
つくしの額に優しくキスをして「幸せにおなり。」と言って1人帰国していった。

ただし、ジフに対しての牽制を、忘れることはなかったようで・・

「彼に飽きたら、いつでも俺のところへ戻っておいで。」

と聞きようによっては、色々憶測が飛びかねない小さな棘をさわやかに散りばめた
時限爆弾とも言えそうな物騒な捨て台詞を、しっかり且つ抜かりなく残していった。
 
 
 
 
 
 
日本までの機内でのつくしの話を纏めると以下のようなものだった。
 
 
本当はパーティの前にパートナーを解消して、ユン邸を辞するつもりでいたつくしだったが
類の話を聞くうちに自分がどれだけジフを愛しているか気付き、今日ジフのパートナーとして
ダンスパーティに出席する覚悟を決めた。
 
そして彼の言葉にあった実家の家族に対しての不義理を恥じ
外国人であるジフと付き合うにあたって、家族とちゃんと会って報告をしなければと思い
一時帰国をすることにしたというのだ。

 
彼女が【雑草のつくし】として決意したのは
ジフに対する強い愛を貫いていく、という想いだった。
 

大変紛らわしい思考回路といえよう。


2人の話を聞いていたジフにしてみれば、あの流れで何故そういう判断に行き着くのか?と
疑問だらけだったが、それはつくしがヘビー級の【鈍感】という事で諸々納得する事にした。


昨日から殆ど泣きっぱなし凹みっぱなしで、あまり寝てもいない状態に加えて
彼の精神は昨日つくしに目をそらされてからずっと、極限まで引き絞られてもいた。

そこへ来て、空港までバイク飛ばしたり、プロポーズしたり、OKもらったり
泣いたり、笑ったり、牽制という名の毒吐かれたり、と息つく暇もないほどバタバタで
ついでに言えば、ジフ的には、いきなり心の準備もそこそこに、日本の彼女の両親にご対面!
という、如何に心臓に毛が生えてる、と親友らから絶賛される面の皮の厚いジフとて
流石に平常心ではいられない緊張感にちょっと胃が痛くなっていた。

緊張、不安、また緊張、そこからの弛緩、そしてまた緊張、とくれば
彼が如何にタフな精神の持ち主だったとしても、ちょっとはおかしくなっても仕方ない。
そして彼は、面の皮は厚いけど、精神的には繊細、という奇妙な二面性を持つ男でもある。

故にこの、つくしの謎思考に塗れた話を最後までしっかりと聞いた彼は、猛烈に感動した。
 
彼女が自分を其れほど強く想ってくれていたことだけを
情報としてピックアップし、自分の中に読み込んだらしい彼は感無量だった。

ここにユンジフという、普段はとても冷静で、とても理知的だと世間に定評のある男の
限界を感じざるを得ない、というか、彼はつくし限定でいつでもどこでもポンコツになれる、
そんなスキルが後々定番化するのだけれど、きっとこの頃から発動させ始めたに違いない。

とにかく彼はこの時、感動して、感無量で。
ついでに言うと、昨日からほぼずっと泣きっぱなしで涙腺はユルユルで。

ーーー、また、泣いたのだった。
 
 
 
 
 
当初つくしが予定していた交際宣言は、ジフによって結婚のお願いにその意味を変え
ジフからすればあまりの急転直下に満足な挨拶も出来なくて・・と恐縮しきりでいたが
つくしの優しい心はこの家族によって生まれたものだと心底思える仲良し家族の姿を見て
つくしと結婚して、この人たちと家族になれる事をとても嬉しく思った。
 

それはつくしの家族もまた同様で
一緒に食事をした際の箸も持たせずに甲斐甲斐しく世話を焼くジフと

そうされる事を当たり前のように受け入れるつくしの姿を見て
司とではこんな幸せな姿は見れなかったに違いないと、解りやすく喜んだ。

国際結婚に対する心配が無いわけではなかったが
この2人であれば大丈夫だろうと、ホッと安堵した。

そしてまた、運命というものの仕組まれた妙に感嘆するのだった。


 
正式な挨拶は後日改めてゆっくり自分の祖父も交えてとし、取りあえずの挨拶を済ませ
結婚を含めた婚約の了承を快くもらって、1泊では無く正味滞在数時間で帰国した2人は
その話をすぐさまソギョンにも伝えて、それはそれは喜ばれた。

こうして長い長い【パートナー6日目】が、ようやく終わりを告げたのである。
 
 
 

つくしを連れ帰るはずが、うっかり一緒に日本まで行ってしまったので
色々と見事に忘れていたジフだったが、空港を出た途端にバイクを借りてた事と
ホテルにバイクを置きっぱなしだったことと、コーヒーの事を思い出して
つくしに懇々と叱られながら後始末をしたのは言うまでもない。
 
前日の睡眠不足と怒涛の一日を終えた2人は、抱き合いながら泥のように昼頃まで眠り続け
漸く起き出してから、楓達の心尽くしを受け取って現在に至っている。
 
 
 
 
 
キムさんがニコニコと満面の笑みで運転する、道明寺楓の用意したリモの後部座席では
ジフが世界中の幸せを独り占めしたかのような、甘いオーラを出しまくってつくしをからかい
つくしはつくしで、そんなジフに怒ったり笑ったりと忙しく表情を変えている。
 
嘗てこの手のパーティが苦手で、オドオドと緊張していたつくしはそこには無く
ジフに負けず劣らず優雅で美しい若き貴婦人がいた。
 
 
 
 

レッドカーペットが敷き詰められた会場入り口に、真っ白な一台のリモが静かに停車する。


韓国やアジア各国の経済誌や、ヤングセレブを扱う雑誌社のカメラマンたちが
目も眩むほどのフラッシュを瞬かせる先には、光沢のあるシルバーグレーのフロックコートに
同色のアスコットをあしらった、気品あるフォーマルに身を包み降り立った、長身の美青年。


周囲の羨望の溜息を浴びながらも、彼は全く意にも介さずに
車内から素晴らしく美しい美女を降ろしてエスコートしながら歩き始める。
 

その美女はシルクタフタの白いドレスが蝶の羽のように虹色に輝いていて
2人が幸せそうに微笑み合いながら歩く姿は何処までも優雅で美しく
まるで御伽話から抜け出たようである。


その、この世のものとは思えない程の美しさは、多くのカメラマンたちが撮影するのを忘れて
ボーッと見送ってしまった程であり、それから何年もの間、【天使が通った瞬間】として
伝説のように人々に語り継がれることとなる。
 
 
 
 


 
 
「先輩!本当にお美しいですわ!桜子も鼻が高いですわっ!」
 

第一声でつくしに飛びついた桜子につくしを暫く貸してやることにして
ジフは親友達の許へ向かった。
 
 
互いに拳を軽くぶつけ合ういつもの挨拶を済ませた後
ジフはジロリとウビンを剣呑な目で睨む。


それに気付いたウビンが慌てて話し出した。
 
 
「だってしょうがないだろ!
ああでもしないと、つくしちゃんは日本から来たヤローと帰国するって言うし
お前は家に帰ってないって言うし、ってことはあの話を聞いてたんだろうなって・・・・。」

「ってことはウビン。お前もあのホテルにいたの?」

「桜子に頼まれて、ウチのもんに張らせて会話を録音してたんだ。」

「ふぅん? で、あのメールって、
一個目はウビンからで、二個目はその【桜子】氏ってわけ。」

「よく解ったな!俺は飛行機の便名と、出発時刻を送ったろ?
そしたら桜子が、それじゃ甘いですわって言い出して
今度はあいつが俺の携帯使って、二通目のメールを打ったってわけ。」
 
 
隣りで訳知り顔にニヤニヤしてるイジョンも
おそらく事の次第を全部ウビンから聞いてるんだろう。


悔しいけど、あの2つ目のメールが無かったら
ここまで早く事が進まなかったかもしれないから悔しいけど、感謝はしておk・・・、
いや、ちょっと待て、何かが今、もの凄~く引っかかった、気がする・・?
 
 
「もしかして・・・、ジュンピョもこの事知ってるとか?」

「おお! もしかしたらPJ借りたいってジフが言い出すかも知れねーから
そん時は親友の幸せの為にバシッと貸してやれって言っておいたぞ!」


・・・ジュンピョの奴が帰国するのっていつだっけ?
その頃の俺って、つくしを連れてどっかに雲隠れ出来るスケジュール組めるのかな?

ジャンディのことで色々誤解させてたみたいだから、つくしとの婚約が整ったら
一度は連絡しようと思ってはいたけど・・・、なんかそれも面倒になってきた。

あいつ、なんか突然面倒な事しでかすしなぁ・・・。
あまりつくしと会わせたくない気もするんだよなぁ。

取り敢えず、時差もあることだし、夜中にヘンな電話来ても困るから電源切っとこう。

最近、ウビンが突然落ち着いて安定したと思っていたけど
今日のこいつは安定のハイテンションだ・・・いや、いつもより声のトーンとかがなんか・・


そこで漸く頭の中の幾つかのキーワードがはまった気がしてスッキリした。


あーうんそーゆこと。
隣のイジョンのニヤニヤは俺のことだけじゃなかった、と。

普段より少しばかり頭の回転が緩んでる事には自覚があったけど
それにしても、ちょっと浮かれすぎていた自分が照れくさくなった。

おかげでこのこみ上げる笑いが若干苦みばしってしまったじゃないか。


「クックックッ・・・そういうことか・・・。
ねぇ、イジョン。ウビンは彼女をエスコートして来たの?」

「クククッ。そうらしいぞ?
今日はウビンとお前の話でうちの学校の奴等は持ちきりだぜっ!」

「ククッ。良かったね?夜中の2時過ぎに2人で俺んとこにメールしてきただけあるよね。」

「ジフッ!!??」
 

真っ赤になったウビンなんて、子供の頃以来だな、と妙な感慨を覚える。
同時に、あぁそうか、と理解した。

幼い頃からの親友の本当の恋というのは、見て楽しく、弄って面白く、聞いて笑えて
何故か少しばかり全身が痒くなるものだけど、トータルでは幸せな気持ちになるらしい。

ジュンピョの時は色々ありすぎたし、イジョンの時は茶化すには少々深刻すぎた。
結果、俺はウビンの番になってやっと、じんわりと親友の幸せを自分の幸せとして考えられた。


「おめでとう?」

「何で疑問系だよ。 ・・お前も良かったな。」


お互いハイタッチで別れる間際、そんな会話を俺達がしてたら
イジョンが、さも面白いことに気がついたといわんばかりに目を輝かせて言った。


「俺とジュンピョの彼女が親友同士で、お前らの彼女は先輩後輩だっけ?
結局俺らって、今後もずーっとこんなふうにつるんでくんだろうなぁ。」






 
つくしを【ウビンの彼女】から取り戻すと
猫目のそいつに「ありがとう。必ず幸せにする。」と約束した。


彼女は俺の言葉に満足そうにニヤリと笑いながら
1つ了解の会釈をすると、こう言って笑った。
 
 
「殿方に幸せにしてもらうような方ではありませんのよ?一緒に幸せにおなりなさいまし。
道明寺社長の策とは言え、私も一時はどうなる事かとヒヤヒヤしておりましたが・・・。
これで、難解なクロスワードは全て解けましたか?」