「ところで、オッパもヒョンも、ジフの事を呼んでいるのよね?」
 
 
その一言で、何故か始まった韓国語講座。
 
目下のところ、韓国語を猛勉強中のスリョンの為にジフとチェギョンが懇切丁寧に指導を始め
シンはチェギョンの隣りで思い付く限りの類似する使い方の言葉を表に纏めてくれる。
 
 
兄と言う意味でもあるし、年上の男性という意味でもある。
オッパは女性が使う言葉で、ヒョンは男性が使う言葉であり
そして年上の彼氏を呼ぶときにもオッパと呼ぶ。
それに対して、年上の女性はオンニ、ヌナ、と、やはり男女で呼び分ける。
そして勿論、姉という意味でもある。  
 
et cetera ・・・ etc ・・・
 
 
 
 
「日本語で言うと、お兄ちゃんと兄貴、お姉ちゃんと姉貴・・・かしらね?うーーむ??」
 
等と言いながら、自分なりの理解を進めていくスリョンを教えるのはとても楽しかった。
よくよく考えれば凄い面子なのだが、誰もそのことに気付かず、極普通の学生のように振舞う。
そんな事は今まで一度も経験したことのない事で、シンとチェギョンだけでなく、ジフまでが
スリョンにつられて子供の様にはしゃぎながらの韓国語講座は、大いに盛り上がった。
 
 
 
 
「ねぇねぇ、ジフがオッパでヒョンなら、私は?私の事もオンニとかヌナって呼んでもらえるの?」
 
「「 え!?そう呼んでもいいんですか? 」」
 
「ん?なんで?ダメなんて思うはずないわ。弟がDaddyとアメリカ暮らしだから、寂しいんだもの。
出来れば私も2人のお姉さん代わりになりたいんだけど・・・図々しい・・・わよね?」
 
「「 いえっ!そんなことありませんっ!! 」」
 
「そう?わーい♪ジフ!私にもトンセンズが出来ちゃったわ♪私、オンニでヌナなのよ♪」
 
「ブッ。スリョナ、トンセン “ ズ ” って何?それにこいつ等にそう呼ばれてそんなに嬉しい?」
 
「ええ、嬉しいわ♪ズ?ダメかしら?だって弟と妹はさっきの説明だと、どっちもトンセンでしょう?
でも2人いるのよ?あ、ルークもだから、3人ね。凄いでしょ?弟が2人に妹が1人なのよ!
沢山いることを自慢したいのに、トンセンじゃ解らないもの。だからこれ見よがしに複数形のズ!
これをつければ、私には素敵な弟や妹が一杯いるって、皆がわかって羨ましがると思うわ♪」
 
「「「 ブッ!! 」」」
 
「何よっ?3人ともどうして笑うのよっ!?しかも今、チョッピリ馬鹿にしたでしょっ!
流石ジフのトンセンズだわ。2人もきっと、トンガリ尻尾が生えてるクチね?(笑)」
 
「「 トンガリ尻尾?? 」」
 
「そうよ~。ジフにもお爺様にも生えてるの。悪戯な意地悪アクマの尻尾なのよ?(ニヤリ)」
 
「最近はスリョナも立派なトンガリ尻尾が生えてると思うけど?さっきも・・・・モゴッ!」
 
「ジ、ジフ?いいのよ、それは今は言わなくて!ていうか、忘れなさい!今すぐ!記憶を消去!」
 
「「「 ブッ!! 」」」
 
 
 
ポンポンと軽快に話しながら、本当に心から楽しそうに姉と呼ばれることを喜ぶスリョンは
皇太子もチェヨン財団の孫もF4も、全部お構い無しな天衣無縫の朗らかさで
彼等を不思議な心地良さに酔わせていく。そして彼女自身があのモーガン財閥の養女である事も
どこにも匂わせず、あるがままの姿で立ち、今はジフの口を慌てて塞いで騒いでいるのだ。
 
彼女は誰の肩書きも見ないし、気にしない。それは上皇陛下にも、元大統領にも同様だ。
嘗て、義父になる前のクリスにすらそうだったように・・・。
 
その地位を理解出来ないのではない。彼女は誰よりも社会的地位の高さを理解出来た。
その事で何度も酷い目に合ったのだから・・。けれどもだからこそ、彼女の視線は明快だった。
どんな地位の人間であっても、スリョンは真っ直ぐにその人物だけを見る。一切の揺ぎ無く。
彼女の前では全てが平等で、須らく公明正大に扱われるのだ。
 
言葉で言うのは簡単だが、実際それを彼等の前でやってのけられる者は殆どおらず
あのジフがここまで人間らしくなった意味がシン達には痛いほど理解出来るのだった。
 
 
 
「もーぅ?どうして笑うのぉ??私、何か変なこと、言ったかしら??」
 
「いいえ。オンニ、嬉しいです。私達を自慢したい素敵な弟と妹って言ってくれて。」
 
「あ!それダメ!姉妹で敬語は変だわ。禁止よ禁止!シン君もよ!」
 
「あ・・・ヌ・・ナ・・///。えっと、シン君は、ちょっと・・・///」
 
「え?シン君じゃダメ?うーん・・じゃあどうしようかしら?あ!シンちゃんはどう!?可愛いわ♪」
 
「「「 シ・・・シン “ ちゃん ” ~~~~~~!?!?!? 」」」
 
「ヌ・・・ヌナ、あの、それも・・・ちょっと・・・///」
 
「え~?これもダメ?チェギョンちゃんとシンちゃん・・・可愛いのにぃ~???」
 
「スリョナ・・・、可愛いからダメなんじゃない?シンがシンちゃんなんて・・・ブッッ・・!クックッ!」
 
「ジフ・・・。そういう笑い方がいけないんだと思うわ!うーん・・でもそっか。年頃の男子としては
ちゃん付けはカッコ悪いってことよね?・・・・・君もダメだからぁ・・・でも、ジフみたいに呼び捨ても
なんだかつまらないわよね~・・・。お!?そうだ!ねね?私はスリョンだけど、ジフはスリョナって
呼ぶでしょう?それってエリザベスがベスとかリズっていうのと一緒よね?じゃ、2人の場合は?」
 
「シンとチェギョン?2人とも[ n ]で終わる名前だから[ a ]をつけてシナとチェギョナだな。」
 
「シナとチェギョナ♪可愛いわ♪ん?じゃあジフは?」
 
「俺?俺は[ fu ]で終わるから[ ya ] がついてジフヤ?」
 
「ジフヤ・・やっぱり可愛くないわ・・。」
 
「・・・何?何か言った?ス・リョン・ア?(ニッコリ)」
 
「い・・、いいえ?あはは?えーーーっとぉ、じゃあ、シナとチェギョナで♪シナ、これならOK?」
 
「あ、はい・・、じゃなくて、うん?」
 
「何故語尾を上げるのよ?よし!それじゃシナとチェギョナ、お腹空かない?ご飯にしましょ♪」
 
「「 あ・・あのヌナ(オンニ)・・ 」」
 
 
 
シンは、宮で作られたものしか食べられない・・、そう言おうとするよりも早く
フワリと飛び去るようにスリョンはリビングを出て行ってしまった。
 
 
 
「大丈夫。スリョンの作ったものはお前達、食べても平気だよ。」
 
「「 え? 」」
 
「ソンジョお爺様さ、ウチの狸があんまり自慢する所為で、スリョンのメシを食べたがったんだ。
で、スリョンの作るものであれば、皇族であってもOK。ってことになったらしい。」
 
「え?じゃあ上皇のお爺様って、そんなに何度もオンニに会ってるの?」
 
「俺が帰って来た時に、お前の爺さん共々ダイニングでニヤついてるのは、もう見慣れた。」
 
「へ?ウチのお祖父様も???」
 
「そ。俺、週の半分は 狸達とスリョン争奪戦を繰り広げてるかも?
お前たちも、スリョンが喜んでる事だし、懐くのは構わないけど、懐きすぎるなよ?」
 
「なぁ、ヒョン。ヒョンとヌナって・・・」
 
「何でもない。」
 
「・・ってオッパ。もしかして、自分で気付いてないの?オッパ、オンニの前だと別人よ?」
 
「お前たちの言う意味が、スリョンを好きか?って事ならYesだ。でも、付き合ってるのか?
という意味なら、答えはNoだ。シンは後者の意味で聞いたんだろ?だから、何でもない。」
 
「どう見ても、付き合っている2人にしか見えないんだが・・・?」
 
「お前ら、知ってるんだろ?スリョンの事。彼女のされた事を考えると進む事が出来なかった。
彼女がウチに来た晩、まるで悪趣味な人形かと思ったんだ。それくらい彼女は酷い有様で
Dadや診察した女医の話を聞いていて、同じ男である自分の事すら嫌悪感を感じて
吐き気を覚えたよ。彼女を男として好きになることは、俺にとって絶対的なタブーに思えたんだ。」
 
「・・・ヒョン・・・・。」
 
「一緒にいて、嫌じゃない男で居られればそれで良いと思った。スリョンに約束したように
彼女の手を離さないで、繋いで傍に居られれば・・・。彼女が歩けるようになるまで・・・
話せるようになるまで・・・って、見事なくらい情けなく、期限を引き延ばしながら・・ね。」
 
「でもオッパ・・・、そんなのって・・・・」
 
「逃げてたんだよ。俺。チェギョンにあれほど覚悟を問うたくせに、自分の事となったら恐かった。
スリョン、話せるようになったろ?あれさ、ショック療法っていうか・・、友人達が突然ココに来て
吃驚して今迄で一番酷い発作を起こしたんだ。フラッシュバックした彼女は無意識にピニョで
喉を突いて死のうとした。その後、意識を飛ばした彼女に俺が何を思っていたか解るか?
俺の知ってる、そして俺を知ってる 『スリョンのままでいて欲しい』 って思ったよ。」
 
「それの・・・何がいけない?ヒョンの思った事は、僕でも思うと思うが?」
 
「ダメに決まってるだろ?話せない、外にも出られない。心の中に大きな傷を抱えて
いつも不安と隣り合わせに生きているままで、本当に良いと思うか?スリョンが・・・
スリョンという名前に生まれ変わった女の子が、それで幸せになれると思うのか?
俺のエゴだったんだよ。俺は、男として彼女を愛せないと自分を縛るように、彼女に対しても
俺という人間に頼らなければ生きられないように縛り付けてたんだ。無意識だったけれどね。」
 
「「 ヒョン(オッパ)・・・・ 」」
 
「奴等に言われたよ。自覚しろって。俺がこのまま手を拱(こまね)いていても、結局スリョンは
いつかは誰かの手を取る。その相手が俺か、俺以外かっていうだけの事だってね。
嫌だと思った。彼女を誰にも渡したくないと思った。どんなに悩んで、どんな御託を並べたって
最後に行き着くのは、愛してるという言葉じゃ想いの半分も言い尽くせない程愛してるって事だけ。
だから、開き直る事にしたんだ。」
 
「開き直るって?どうするつもりなんだ?」
 
「別に、どうもしない。ただスリョンが好きで、スリョンが欲しい。それを誤魔化すのを止めたんだ。
自分自身にも、スリョンに対しても。スッキリしたよ。俺も、覚悟を決めたってことかもね?クスッ」
 
 
 
照れもせずにそう言って、フワリと笑ったジフは、今まで見たどんなジフよりも美しかった。
男のシンでさえ、一瞬見惚れてしまうほどに・・・・。