目の前に礼儀正しく座る理知的で涼やかな少年は、既に少年という時代を終え
まさに今、青年へとその成長を進めたことが容易に見て取れた。
 
思えば、この者が熱を出した時も、何事かに悩んでいた時も
自分は父として何処まで心を砕いたか?と自答すれば、知らず溜息が漏れる。
今更ではあるが、今更だからといって手を拱いていては何事も始まらないのだと
妻とのささやかな時間を過ごしたヒョンには分かっていた。
 
プライベートでは互いの敬称を止めようと伝え、息子の名を呼べば
怪訝な顔をしつつも応えるその姿にフワリと微笑で返して、ヒョンはただ父として話し始めた。
 
 
「シン。お前も知っているように、私達家族は皆、お前とチェギョンの婚姻を望んでいる。
しかし王族はそれを阻もうと必死だ。父上はいざとなれば勅命で、と言っているが
この状況下で策も無くただ我を通せば、無理に曲げた歪は直接チェギョンに跳ね返り
チェギョンもお前も苦しむことになりかねない。ここまでは、お前も分かっているな?」
 
 
コクリと頷く息子に満足そうに頷き返し、一旦表情を引き締めると真剣な表情で言った。
 
 
「私は・・・、否、我々は王族会を廃そうと思っている。」
 
 
えっ?と目を見開いて驚く息子に、さもあらんと思いながらも、こんな表情は歳相応なのだな等と
父親らしく考えている事を少し気恥ずかしく思いつつ、まぁ、聞け、と今度は穏やかに話し始めた。
 
 
「元々は、皇族の婚姻も国民の法に合せ 【8親等】 までを婚姻障害とし、事実上王族との婚姻を
難しくさせてはどうだろう?と思い、各国の王皇族の歴史や現状を調べ始めたのがキッカケだが
考えてみれば、この8親等以上の者を王族と見なすこと自体に無理があることに気付いた。
王族の他に宗親もあるが、諸外国では彼らが本来の意味での王族に相当する、ということもな?
我が国には所謂 【公・侯・伯・子・男】 なる爵位が無い。前代の朝鮮王朝における貴族階級が
現在の王族だが、その半数は当時の皇帝より功労を認められた者で、我等との血縁は一切無い。
王族の血を云々と言っても、その本質はチェギョンをあれこれ言えるような者達ではないのだよ。」
 
「それでは、こぅ・・、コホンッ。父上は宗親のみをこれまで通り置かれ、王族という存在自体を
廃されるおつもりなのですか?こうごぅ・・、母上の父君であらせられるユ家のような外戚筋は
どうなさるおつもりで?」
 
「この話は、義父上からも上奏されたことだ。ユ家は李氏王朝初代の頃よりの忠臣で王族となり
その時代にも姻戚として皇統に序せられたが、宗親ではない。しかし現皇后の父、そしてシン
お前が皇帝になれば皇帝の祖父となられるので 【君】 の称号が与えられているだろう?
私が兄上が存命中 【大君】 だったように、【君】 は準皇族の称号だ。
義父上は宗親では無いが、準皇族として宗親の上位に列せられる。ただその地位の世襲は
義父上から数えて3代までとなる。義父上はそれで構わぬそうだよ。お前とチェギョンに
ミンにさせた苦労をさせたくないと仰っている。私も随分悩んだが、その言葉で決心がついた。」
 
「お祖父様がそんな事を・・・・・。」
 
「ああ。今のところ、王族を廃して宗親のみとするのではなく、王族の一部と宗親を合わせた
皇帝から8親等までの血縁者を王族とし、これまでの王族会が担ってきた事柄に関しては
王族だけでなく各界の有識者を加え、もっと国民の目線に近い形での会議形式を取ろうと思う。
最長老曰く、大統領は節税にもなるし現在の王族バッシングにも応えられるとあって
かなり乗り気なようだ。私の勅令という形ではなく、戦後初の典範改正として王族の整理を
皇家と政治の両軸で進めようと思っている。」
 
「・・・・上手く、いくでしょうか?」
 
「相当な風当たりは覚悟の上だよ。お前達だけでなく、お前達の子孫の為にもやり抜くつもりだ。
しかし、問題がいくつかある。この案が通れば宗親や王族で無くなる者達、またその身分を
子に継げない者達が出てくるだろう?その者達の反発が予想されるのだ。王族会に比べて
比較的大人しい宗親だが、一枚岩とは言えない。その者達の不満はシン、何処へ流れると思う?」
 
「!!!・・・・まさか、ソ・ファヨン・・・・???」
 
「十中八九そうなるだろう。お前が皇太子では娘を皇太子妃にあげられないばかりか
今までの社会的地位さえ失いかねない。恵政宮なら自分達を後押しする代わりに
彼らの地位を保証する約束をするだろうからな。野心のある者や地位に固執する者は
これで確実に全て私達の敵に回るだろうな。クククッ」
 
「・・・・父上、楽しそうですね?」
 
「恵政宮に与する者は元より宮に必要の無い者共だ。そうだろう?王族という地位しか無い彼らが
王族で無くなって一体何が出来るというのだ?よしんば王族の過半数を味方につけても
今回は皇家と政府の主導なのだし、そもそも王族に決を採るようなことはしないのだぞ?
あちらが過去の遺物に縋って無意味な数合わせをしているうちに、我々は国民を味方につける。
そして国民の支持によってお前達を婚姻させ、お前を皇位につける。シン。お前の気持ちは解る。
皇位に執着など無いのだろう?私も同じだったのだ。皇帝の地位よりもミンの夫でありたかったし
子供の父でありたかった。しかし、今思えばこれも運命だと思っている。ユルに皇位を渡す事は
断じて出来ぬ。シン、私の人生の失敗は皇位についたことではなく、その重責に負けた事だ。
お前なら・・・・、お前とチェギョンなら、私のような失敗は起こらないと信じているよ。」
 
「・・・・父上・・・・・。」
 
「フフ。不出来な父なりに、お前達の幸せを願っているのだ。これでもな。・・さて、話を戻そう。
そういうわけだから、このままお前達が王立高校へと進学するのは何かと都合が悪い。
あの学校は王族の巣窟だから、お前達、・・特にチェギョンに逆恨みする輩も現れよう。
お前からも願いが出ていたが、私の通った芸術高校はユルから進学の願いが出ている。
ユルはイギリスでも美術を専攻しているらしく、この願いを取り下げる理由が無いのだが
私としては、この話が無くともスンレ達の話を聞く限りでは、お前たちとユルを同じ学校へは
行かせたくないのだよ。そこでなのだが・・・・・、神話はどうだろう?」
 
「えっ!?神話に、ですか?」
 
「モーガン氏より打診されていたのだ。お前とチェギョンを、モーガン氏の養女殿と共に
神話に進学させてはどうだ?とね。セキュリティはおそらく王立以上になることは間違いない。
我々としては最善の策だと思っているが、お前の意見も聞きたいと思ってな。」
 
「・・・父上。先程仰った【いくつかある問題】は、他にはどんなものがあるのですか?」
 
「ユルを皇位につけるために、お前の皇太子としての資質を問うつもりらしい。
しかし、そんなことを問われるまでも無く、お前がもしチェギョンと結ばれないような事があれば
お前は自ら皇太子の位を捨てるだろう。だからこれから話すことと、皇太子の資質問題は
ある意味一つの問題とも言えるのだが・・・・、8親等までを婚姻障害とすれば王族からの輿入れが
事実上不可能となるが、その代わりに今回王族から外れる者達が妃候補となれる事も意味する。
これまでは一応最長老の孫であるイ・ガンヒョン嬢が抑止力になっていたが、今まで王族であっても
歯牙にもかけられなかった野心の強い新興の者共が、これを機に輿入れに欲を出す可能性は
高いだろう。そして他の者達も傍系の娘を推薦してくるに違いないと、ミン・サンジが言っている。
チェギョンを娶る為に設ける風穴は、奇しくも魑魅魍魎に対してチャンスを与える事にもなるのだ。
お前達を、・・・特にチェギョンを引き摺り下ろす動きは今後益々強くなるかもしれん。」
 
「・・・全ての問題を解決するには、ユルに足元を掬われず、チェギョンの安全を守りながら
2人で世論を味方につけること・・・?」
 
「シン、お前にとってもう1つ問題がある。ユルはチェギョンに今もって何らかの執着を持っている。
もしかすると、お前がユルに掬われる足元は、皇位だけとは言えないかも知れぬ。」
 
「え!?」
 
 
久々に聞くその名が、父帝の言葉で一層禍々しいモノに思えて眉を顰めたシン。
 
父帝はそんな息子を面白そうに見てから、「これ程表情の豊かなお前が、何故氷の皇太子などと
呼ばれるのか不思議なものだな・・」と言って笑った。