“ 初めて会ったときから君のことが好きだったんだ。
   君に一目惚れしたんだ。
   君なしでは生きていけない。
   永遠に愛してるよ。
   君は俺のすべてだ。
   なによりも 君を愛してる。 ” 
  
 
 “ 愛していた。 愛しているよ。 俺はこれからも君を愛し続けるだろう。
   俺の幸福はたった一つの名前と顔しか持っていない。それは君なんだ。
   君という存在が俺の幸福なんだ。 ”
 
 
 
 
 
 
「Embrasse moi. Des milliers de baisers. ・・・・・か・・・・。」
 
 
 
「 “キスして。何千ものキスの雨を降らせてちょうだい。” ・・・・素敵だったわよね?
あの時のオッパの顔ったら、あっと言う間に吃驚するほど真っ赤になっちゃって・・・・フフ♪」
 
 
 
 
 
振り向いてその姿を網膜に映せば、無意識に詰めていた呼吸が再開されて
全身が緩やかに弛緩していく、愛しい分身の姿。
 
『いつの間に?』 と問えば 『Je T'aimais. Je T'aime. Je T'aimerais. の辺りかしら?』 と
微笑みながら僕の脇の辺りに腕を巻き付けて、甘えるように寄り添ってきた。
 
静かに、彼女を労うように、ゆっくりと頭を撫でてやると、彼女が全身の力を緩め
そして僕の右胸の辺りに、フッと小さく吐息を漏らす感覚・・・・・・。
 
 
 
 
 
「でも・・・・、その後直ぐに、全世界の幸せを独り占めしたみたいな・・・幸せそうな顔で・・・・
あれからずっと、オッパはどんな時でもあんな顔をしてたわ。・・・・・・・・・。
今じゃ、昔のオッパが思い出せないくらい、・・・・そう。・・・もう、思い出せない・・・・。」
 
「・・・・チェギョン・・・・。ヒョンは?」
 
「・・・・寝た。・・・・っていうより、多分、もう限界だったんだと思う・・・・。」
 
「・・・・そうか。・・・・今、思い出していたんだ。あの日の事・・・・。」
 
「・・・・ここ、だったわね。」
 
「・・・・ああ。・・・・ここ、だったよな。」
 
 
 
 
そう、このリビングであの晩、ヒョンはヌナから【愛の告白】をされたんだ。
そしてヌナは、雨と振るようなヒョンからのキスを受けて、幸せそうに微笑んでいたんだ。
 
互いに見つめ合い、クスクスと笑い合い、分かち合って求め合う。
そんな、極普通の・・・、そして極上の、美しくて幸せな恋人たちの姿・・・・・・・。
 
 
 
 
「ねぇ、シン君。あの時、何で急にオンニがあんな事したか、知ってる?」
 
「・・・いや、それが分からないなって思っていたところだ。チェギョンは知ってるのか?」
 
「あの晩、オンニからメールがあったの。ほら、あの時の絵のお礼のメール。
ギョン君に驚いて倒れたオンニが、目覚めた時・・・・。
最初に見たのがあの絵と同じオッパだったんだって。それで、思ったんだって。」
 
「何を?」
 
「・・・オッパの眼差しは、オンニの、迷いも躊躇いも・・・全部を無視して、包んでくれる。
オッパに相応しくない自分なのに、そんなこと全然関係無く・・・・だから覚悟したんだって。」
 
「・・・・それは、どんな覚悟か・・・、ヌナはお前に教えてくれたか?」
 
「え?」
 
「僕も、・・・僕にもヌナからメールがあったんだ。僕たちのように、覚悟を決めた、ありがとうって。
僕はヌナの覚悟がどういうものなのか興味が湧いて、その事を聞いてみた事があるんだ。
でも、フンワリといつもみたいに笑うだけで、答えてはもらえなかった・・・・・。
なぁ、チェギョン?ヌナはもしかして・・・・・、こうなる事も、予想してたんじゃないだろうか?」
 
「!?!?」
 
「あの頃のヌナの頑なさの理由は、1つじゃなかった・・・・・。そんな気がしてならない。
僕たちにとっても、ヒョンにとってもヌナは光だった。照らされる側は何時だってその明りの中で
遠く、未来を見ることが出来るが、反面足元を見ようとはしない。・・・・そして何より、闇を知らない。
でも照らす側は闇の中にある。そこは足元が・・・現実が、唯一直視できる場所なのかもしれない。」
 
「・・・闇?現実?・・・・シン君、何を言っているの?」
 
「・・・・・・光は言いました。私はさようならをしても何処にも行きません。
月の光の中にも星の中にも朝日の中にも、毎晩燈るランプの中にも、私はいつでもいます。
でも、本当の私は、あなたたちの心の中にいたいのです。この事を忘れないで。」
 
「・・・・え?」
 
「お前があの頃読んでいただろう?青い鳥。あの話の中で、最後に光が言う別れの台詞だ。
【光】は【夜】とも親しかった。おそらく、誰よりも【夜】を理解出来たのは【光】だったんだろう。」
 
「シン君、シン君の言いたい事が益々解らないわ。・・・それに、なんで今更、青い鳥?」
 
「そうか?本当に分からないか?【光】は、ヌナそのものじゃないか。
あの物語の【光】と同じように僕達を導き、そして道標となってくれていただろう?
目の前に在っても見ることの出来なかったものを次々に見せてくれて
仲間の存在や、その大切さを教えてくれて、時には僕達が1人1人戦う必要性も・・・・・。」
 
「そ、そうだけど・・・、それと今回の事とは・・・・。それに、オンニが光ならオッパは?
オッパだって、オンニにとっては光だったんじゃない?」
 
「・・・・ヒョンは精密機械のように優秀だが、ことヌナに関してはそれが狂う。
あの舞の事だって、僕達ほどには危機感を持っていなかっただろう?
怖れは冷静な判断を狂わせる。ヒョンの本能は危険信号を発してただろうが
その意味をどう解釈するか?となると、愛しているからこそ、心が理解するのを拒むんだ。
大丈夫、まだ大丈夫だってな。・・・ヌナの告白の時、ヒョンはずっと驚いていたのがその証拠で
あれは実にヒョンらしくなかった。恋は盲目というが・・・まさしく言い得て妙、だな。」
 
「・・・・だから?」
 
「ああ・・・、だから・・・・、というか、実際あの時点で一番状況が理解できていたのはヌナだろう?
僕たちもヒョンも、ヌナのそれまでの事は報告書の文字でしか知らなかったんだから・・・・。
そのヌナが、迷い躊躇っていた。そして、ヒョンの眼差しが “全部を無視して、包んでくれる”。
だから “覚悟した”。・・・必ずこうなるとは、ヌナも思っていなかっただろう。
しかし【もしも】の時には、こうなることを “覚悟した” って事なんじゃないだろうか?
あの時点でヌナは確実にヒョンの光だったが、ヒョンはヌナの光では無かったんじゃないか?」
 
「っっ!!・・・そんなっ!!」
 
「勿論これは僕の憶測だ。本当のところはヌナにしか解らない。
自分の感情さえ時々解らなくなって迷うくらいなのに、ひとの心が、そう簡単に解るわけが無い。
それにヌナ自身、あの頃の精神状態で、それほど理路整然とした決意があったかも疑問だ。」
 
「じゃあ、そんなの単なるシン君の思い込みじゃない!変なこと言わないでよ!」
 
「チェギョン?」
 
「だって、もしも、もしもシン君の言葉が本当だったら、私達のしたことは何?
それに、オンニの覚悟が何を意味することになるのか、解って言っているの?
オッパをあんなに苦しめるだけの、そんな覚悟をオンニがしたって言ってるのと同じなのよっ!?
信じないから!私は、絶対にそんなこと信じない!オンニは本当にオッパを愛していたわっ!!
誰よりも、それこそ自分自身よりも!オンニが一番嫌な事は、オッパが苦しむ事なのよ!?
こうなる事を覚悟してたですって?じゃあ、オンニはオッパがこうなる事を知っててやったの?」
 
「・・・・チェギョン・・・・。」
 
「信じないっ!そんなの絶対、違うんだからっ!!!」
 
「・・・すまない。お前の言うとおりだ。・・・・そんなことヌナが考えるわけ、無いよな?」
 
「そうよっ!シン君の、パボ!パボ・シン!」
 
 
 
 
シンの胸をグーで叩きながら、何度もシンを「パボ!」と罵る声は震えていた。
けれどもそんなチェギョンの言動は、搾り出すように苦しげに、力無く発せられたシンの声と
小さなチェギョンに縋るように腕を巻き付け、凭れかかって来たシンの身体によって威力を失う。
 
 
 
 
「・・・・ああ、本当に僕はパボだ・・・・。ごめん、チェギョン・・・・。ごめ・・・・ん・・・・クッ・・・・。」
 
「・・・しん、くん?」
 
「怖いん・・・だ・・・。・・・ハァ・・・。」
 
「・・・え・・・?」
 
「・・・いきなり、帰るべき道標を、灯台を・・・見失って、漂流してる気分なんだ。
なぁ、僕はパボだから、教えてくれないか?・・・・僕は、どうすれば良かった?
こうならない為に、何が出来た?・・・何が、間違っていた?・・・これから、どうすればいい?
本当に、本当の意味での 【ひとを守る力】 って何なんだ?なぁ、チェギョン。教えてくれ・・っ!」
 
 
 
 
チェギョンは苦しげに嗚咽を噛み殺すシンを抱きしめ続けた。
その頬には、幾線もの涙の路が出来、流れは止まる事を知らないようだった。
 
あの頃よりも広くなった背を擦り、あの頃と同じ温もりを抱き締めて・・・・
そうする事しか出来ない己の無力さに、胸を掻き毟りたくなる程の悔しさを覚えながら・・・・
 
 
 
 
どれだけそうしていただろう。
不意にチェギョンが、湿った声で話しだした。
 
 
 
 
「・・・ゴメンね、シン君。私もパボだから、シン君のお悩み解決は出来ないみたい・・・。
でも、今までやってきたことも、今こうしていることも、きっと・・・・
未来の幸せの為に必要な事なのよ。人生に、過去を振り返っての【もしも】は無いわ。
だから、未来の私達が、オッパとオンニが、その時幸せだと思えるように、頑張りましょう?
今までそうやって来たじゃない?そしていつも、その考え方に救われてきたじゃない?
闇だとか光だとか、守るとか・・・、どうでもいいのよ!私達が幸せになるために必要なものは?」
 
「・・・・今は、ヌナ。・・・・普段は、お前・・・・。」
 
「・・・あ、そう・・・///。と、とにかくっ!オンニでしょう?なら、オンニが戻ってきてくれるように
戻って来た時に変な心配をしないように、頑張りましょうよっ!」
 
「・・・・どうやって?」
 
「そうねぇ・・・。まずは、オッパを元気にしなきゃ!それで、オンニには毎日脅迫するのっ!」
 
「????」
 
「戻ってこないと、オッパが大変な事になっちゃうぞ!私達も、みんなも、そりゃもう・・・・」
 
「・・・そりゃもう?」
 
「・・・な、泣いちゃうぞっ??」
 
 
 
・・・・ブッ!ックックックッ・・・・!!
 
 
 
「シン君・・・私、真剣なのよ?」
 
「い、いや・・ククッ・・・す、すまない・・・っ。でもお前、泣いちゃうぞ?って・・ぞ?って・・・ククッ」
 
「ハァ~・・・・。復活したようね?」
 
「・・・ククッ。ハァ~・・・。ああ、浮上した。・・・けど、ヌナに届くか?その、脅迫とやらは?」
 
「何度も心で念じれば、きっと届くわっ!」
 
「・・・・そうか・・・・。お前が言うなら・・・・そうなのかもな?・・・フゥ・・・。じゃあまずは・・・」
 
「オッパを何とかしなきゃ、でしょ?」
 
「・・・・頭が痛い・・・・。」
 
「シン君!私達には仲間が一杯いるわ!皆で頑張りましょう?」
 
 
 
 
 
 
 
ああ。そうだな。チェギョン。
仲間と一緒に、ヒョンを浮上させて・・・・・ヌナと、みんなで幸せになろう。 
 
今度は僕達が、ヌナを照らす【光】になろう。
ヌナが帰ってこられるよう、帰路に迷わぬよう、灯台となり道標になろう。
 
 
 
 
 
“ 春たてば 消ゆる氷の 残りなく 君が心は われにとけなむ ”
 
 
 
 
 
今度は僕達みんなで溶かしてみせるから・・・・。
 
ヒョンの心も、ヌナの心も。必ず・・・・・。
 
僕たちという【光】で・・・・・。