皇太子妃となって初めての朝は、別の意味でも初めての朝となった。
 
 
 
(ね、寝込みを襲われてしまいました・・・//////)
 
 
 
ファーストキスなのに、寝ぼけていて記憶が無かった事と
そのキスが、想像を絶する凄まじさだった事と
息苦しいだけで、ちょっと気持ち良い?とか思ってしまった事と
 
とにかくアレヤコレヤ混ざり合って、チェギョンは軽くパニックを起こしてしまう。
 
 
 
「し、シン君様のパボ~~~!
・・・ファ、・・・ファ、・・・ファースト・キスでしたのにぃ~~~!!!///」
 
「・・・嫌だったか?俺と、キスするのは。」
 
「嫌じゃありません~~~~っ!! 寧ろ好きかもしれません~~~~っ!!
でも、何も、寝込みを襲わなくたって良いじゃありませんか~~~~っっ!!(泣)」
 
「嫌じゃなかったなら良いじゃないか♪そうか♪好きか♪うん、良い傾向だな♪」
 
「ですから、そういう問題じゃないんですってば~~~~っ!!(泣)」
 
「どういう問題なんだ?」
 
「私だって一応、これでも女子のハシクレなのですっ!
人生一度きりの初チューという一大イベントを、寝ぼけてあんまり覚えてないなんて・・・
それに、歯磨きもまだですし、・・・・あ!キスの味も覚えていませんっ!?
夢も希望もドンガラガッシャン、ペッチャンコじゃないですか~~~~!?!?
シン君様酷すぎます~~~!!初チューは乙女の夢ですのに~~~~~~!!(泣)」
 
「・・・お前の、その、・・・は、初チューとやらは、今朝じゃないだろうが!
歯磨きは、だなぁ・・・、俺もまだだから気にするな!
そしてお前の、その、は、初チューの味は、昨夜のデザートのマンゴープリン味だったぞ!
なる程。・・・という事は、俺のファーストキスも [マンゴープリン味] という事か?///
あぁ、それから、お前はその時、全然、全く、寝ぼけてはいなかったぞ!良かったな♪(笑)」
 
「良くありません~~~!!今度はシン君様が嘘つきになりました~~~!!!(泣)」
 
 
 
何だか色々と収拾のつかなくなったチェギョンに、シンは昨夜の話を順を追って聞かせる。
そして、合間合間には、「本当に覚えてないのか?全然?」と聞いてくるが
本当に、全く、これっぽちも思い出せないチェギョンは、益々シンをジト目で疑い始める。
 
 
 
「チェギョン。お前の気持ちが少し理解出来る気がする。
俺も正直言って、ちょっとショックだ。
ファーストキスを奪われて、その相手に綺麗サッパリ忘れられ
しかも今は嘘つき呼ばわりだなんて・・・。お前、酷すぎるぞ・・・???」
 
 
 
ニヤリと嗤いながらそう言うシンに、本当にサッパリ記憶の無いチェギョンは
いよいよ完全に疑惑の目を向け始めたので、シンは仕方無さそうに自分の左手を
チェギョンの目の前に突きつけて、「これが証拠だ!」と言い・・・先の話に至ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「殿下様?痛いですか?」
 
「ん?・・・大丈夫だ。妃宮。そう心配するな。な?」
 
「はい・・・。でも・・・。」
 
「気になるか?」
 
「はい・・・。」
 
「じゃあ、今、手当てしてくれ。応急処置で良い。」
 
「え?」
 
 
 
2人は丁度、義愛舎と東宮殿の、中間辺りの庭を歩いていた。
 
いきなり立ち止まって、手当てをしろというシンの意図を、チェギョンが掴めずにいると
フッと笑ったシンが「ここに、お前がキスをしてくれ。」とチェギョンの顔に傷口を近づけ
「それから、これで、縛ってくれないか?」と言って胸元からハンカチを取り出した。
 
 
 
「これ・・・」
 
「チェギョン。これと同じものを、あと数枚作れないか?
毎日持ちたいが、一枚ではそういう訳にはいかないからな。」
 
「シン君様・・・///」
 
 
 
チェ尚宮の他に、2人の傍には2名の女官がおり
それらを遠巻きに囲むように、数名の男女のイギサがいた。
 
けれども、この瞬間だけは2人だけのような心地がして
互いに敬称ではなく、名を呼び合っていた。
 
 
 
今、二人の目に映るのは、
お互いと・・・、シンの手にある小さな布のみ・・・。
 
 
 
それは入宮前に、チェギョンが実家から持ってきた数少ない荷物の1つだった。
許婚だという、まだ見ぬ将来の夫の為に、入宮前夜、徹夜で仕上げた刺繍入りのハンカチ。
 
それ自体は、シン家の経済状況もあって、決して高価なものではない。
裁縫好きなチェギョンが、刺繍を入れて自分で使おうと買い溜めていた
5枚で幾ら、というような、ただ [新品] という事だけが救いのような代物だった。
 
ひとたび宮へ足を踏み入れてみれば、些細なものに至るまで全てに品があって高価そうで
そこに住んでいる皇太子という人が、こんな物を使ってくれるわけが無いと直ぐに思い直した。
 
初めてシンに会った日に、祖父の話を思い出し、あの話の王子様が彼なのだと知ると
不思議な親近感が湧いて、思わずこのハンカチの話をしたら、彼はそれを欲しいと言ってくれた。
 
 
 
(まさか・・・これをこんなに大切に使ってくださっているなんて・・・)
 
 
 
嬉しさと、胸をギュッと締め付けられて泣きたくなるような感動の中で
チェギョンは無言でシンの手を取って、そっと傷口に口付けると
今度は、痛くないかと不安げな顔をシンに向けながら、ハンカチで丁寧に包んで縛った。
 
 
 
声を出したら、泣いてしまいそうだった。
 
 
 
チェギョンの目の前で、嬉しそうに、ハンカチの巻かれた自分の左手を見ていたシンは
それからそっと、右手でチェギョンの肩を抱き寄せて、頭にキスを落とし
「ありがとう。守護天使がキスしてくれたんだから、直ぐに治るさ。」と囁いた。
 
甘いような、温かいような、夫の不思議な声は、妻の白い肌を、魔法のように色付けて
嬉しげに愛しげに、笑みを湛える彼の視線は、彼女の脈拍を一瞬で最高値まで早めてしまう。
 
 
 
「さぁ、妃宮。少し急いだほうが良いかもしれない。
皆さんは妃宮に会いたくてお待ちだろうからな。 もう少しだけ、早く歩けるか?」
 
「はい。殿下様♪」
 
 
 
2人の若夫婦は、微笑み合って再び手を取り合い、少し足早に歩き出す。
 
控えていた従者達は皆、この光景に、表情には出さないまでも酷く驚いていた。
見慣れているはずの皇太子殿下の纏う空気が、全く違っているのだ。
 
物腰や、物言いは、普段と違うとは思えない、なよやかなままであるのに
何かが確実に、全然違っていて、それがとても素晴らしいものに思えた。
 
彼を [愚鈍] と蔑んでいるのは、何も王族ばかりではない。
宮の職員の中にも、平気でそう言って馬鹿にする者達は少なからず存在した。
 
東宮付きの彼らは、そんな中傷を耳にするたびに胸を痛め、そして悔しく思っていたのだ。
 
彼らは本当のシンを知っている訳ではなかったが、ユル本人を含めた義誠君派の者達に
何をされ、何を言われてもそれに耐え、一方では決して研鑽を怠らず、奢る事もせず
公務となれば真摯に国民と向き合って、派手さやカリスマは無くとも誠実に取り組もうとする
皇太子としてのシンの姿を見てきたのだ。
 
 
 
(殿下は、妃宮様と出逢って変わられた。殿下は今、お幸せなのだ・・・。)
 
 
 
目頭に熱いものが込み上げるが、それを堪えると共に胸に誓いを刻み付けた。
皇太子ご夫妻を、自分達が、何に変えてもお守りしていこうと・・・・・。
 
仲間に一瞬視線を向ければ、彼らが皆同じ気持ちでいることが解る。
其々が頷きあい、そして静かに大切な2人に視線を戻す。
 
 
 
それは・・・
 
もう春なのだ・・・、そう思う程暖かく、穏やかな春陽麗和の好一対。