パタンとドアの閉まる音と同時に振り向いて抱きしめ、そして性急に唇を奪った。
 
枯渇する何かを得ようともがくかのような、噛み付くように荒々しいそのやり方は
この数日でいくらかこの行為に慣れ始めたばかりのチェギョンには辛いだろうと思ったが
それを思い遣って優しくする事など出来なかった。
 
 
 
不意に、そろそろと自分の背中に回される細い腕の感触を感じて
シンはほんの少しだけ、理性を取り戻す。
 
 
 
それでも行為が止む事は無く、ただ最初のものよりも艶のようなモノが滲み出し
甘さが増したシンからの口付けは、酸素を求めるような必死さから食事を楽しむような
常のそれへと変わったことで、チェギョンに不思議な安堵をもたらした。
 
最初は慣れなかった粘膜同士の触れ合いも
数回もする内に素晴らしく愛おしい行為に思えるようになった。
 
時々漏れる、少しだけ苦しげな互いの息遣いや
徐々にその音を大きくしていく水音が聞こえてくると
もう頭の中は真っ白になって何も考えられなくなる。
 
ただ どうしようもなく胸が切なくなって、おへその辺りがキュンとして・・・
 
身悶えるような奇妙な感覚に戸惑いながらも
身中でうねる波となって、それを酷くするばかりのこの行為が
何故だか唯一この感覚を癒す行為にも思えて、もっともっとと欲してしまう自分がいる。
 
 
 
チェギョンの舌が恐る恐る・・という風情でシンのそれに意思を持って絡みつく。
 
 
 
そうと気付いたシンは目眩のような嬉しさを感じ、一層深いところへと自分の舌を絡めてゆく。
と同時に、彼女の両脚の隙間に自分の膝を割り入れて、体の密着度も深めてゆく。
 
それは本能に近い行動で、疼く切なさにどうしようもなくなってゆく身体に
少しでも刺激を与えたいと思う衝動と、互いの体温を1つにしたいと思う甘い妄想の
両翼に擽られて行われ、シン自身、白んでいく己の意識の外側で自分の身体が何をして
自分の手が何に触れているのかなど、全く理解出来ていない。
 
 
 
「はぁっ・・・んっ・・・」
 
 
 
理性をズルリと溶かしてしまう様な、酷く切なげな甘い妻の声が耳に入り
漸く自分の中に意識というものが戻ってきて、シンは一瞬うろたえた。
 
チェギョンの局所を擦りあげるように刺激する自分の太ももは
同時に自分の敏感な部分を何度も彼女の太ももに擦り付けていたし
妻の繊細な身体を抱きしめていたはずの片手は、想像以上に量感のあるまろみの1つを
しっかりと包み込んでしまっていたのだ。
 
 
 
(やばっ・・・///)
 
 
 
未だに忘我の淵にいるようなチェギョンに気付かれないよう、そっと体制を戻し
未練がましく丘の上を這い回る掌を、花の香りのする黒髪へ埋めて
折れそうなほど上を向いて仰け反っている妻の華奢な項を支えさせる。
 
近過ぎて見えない妻の顔を見ようとして、一瞬離した唇をポッカリと開けたまま
自分を蕩けるように見る焦点の曖昧な、色めいて潤む瞳と目が合って
それを縁取る長い睫も重たげに濡れているのを見ると、シンの薄く形の整った唇は
緩やかに口角を上げてゆき、直ぐ再び、妻が望んでいるものを与える為に
その形のままで妻の唇に触れてゆく。
 
今度は最初の時とはまるで別人のように、優しく何度も唇だけを啄み
時折悪戯をするようにサラリと舌で触れるだけの緩やかなものから
徐々にその深度を深めてゆく丁寧なものだった。
 
 
 
「・・っや・・・///」
 
 
 
何かに焦れたような、切羽詰るチェギョンの声に
シンの心臓はドクンと1つ大きく戦慄いた。
 
そんなつもりではなかった。
ただ 最初の自分の性急さを反省して、優しくしてやりたいだけだった。
 
けれども妻は、自分を欲して飢えてくれている・・・・。
 
瞬間、シンの行為は急激に激しさを増して
喉奥まで到達するんじゃないかと思う程、接触を深めてゆく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「チェギョン・・・。お前、俺のこと好きだろ?」
 
 
 
銀糸の名残を残して漸く2人が離れたのは、この部屋に入ってから10分以上経ってからで
クッタリと体に力の入らないチェギョンを抱き上げて、少女らしいピンクのカバーに覆われている
ベッドの上に互いの身を横たえてから、未だにボンヤリと宙を彷徨っているらしい妻の
乱れた額髪をそっと整えてやりながら、シンはボソリと呟いた。
 
どれ程言葉で愛を確認しても、何かが足りずに満たされなかった部分が
今はどういう訳だか完全に潤って、何とも言えない満ち足りた気持ちになっていた。
 
 
 
「シン・・・くん・・・?」
 
 
 
シンの身体中に電気が走ったような気がして、無意識に身震いすると
頬杖で見下ろしていた傍らのチェギョンを抱き寄せてもう一度、短く口付けてから
ほんのりと桜色に染まった耳朶を甘噛みしつつ、息を吹き込むように囁きかける。
 
 
 
「やっと・・・サマを取って呼んでくれたな。・・・嬉しいよ、チェギョナ・・・。」
 
「・・・ふぇ・・・・?」
 
 
 
惚けている妻の声と表情で、これは一時の甘い夢の中での慶事なのだと解ってはいる。
それでも、たかが呼び名1つの事で、こうも胸が震えてしまうんだから
自分はもうどれ程妻に溺れているのか、計り知れないような気がした。
 
・・・そう思うと可笑しくて、クスクスと笑い始めてしまった。
 
 
 
 
 
 
機嫌の良さそうなシンの顔を見て、まだぼうとして思考の定まらないままではあるが
チェギョンの心はジワジワと温かくなっていき、ふうわりと微笑んだ。
 
驚いたような顔で一瞬自分を見つめたシンの顔がまた近付いてきて
もう一度、サラリと合わさるだけの口付けを落とされた。
 
長い間夫に吸われていた自分の唇は、痺れたようにまだ感覚が戻らない。
それでいて、身体中の神経が全部唇に集まっているような気もして
チェギョンの身体は、そんな些細な触れ合いにすら敏感に反応してしまう。
 
ゾクリと背筋を何かが這うような感覚がして、またおへその辺りが熱を持つ。
奇妙な焦燥を感じながらも、不快なものではなくて、寧ろ・・・・
 
 
 
「しんくんさまぁ・・・?なんだかわたし、ヘンなのですぅ・・・。
おなかのあたりが・・・もわもわして、・・・ハァ・・・んっ・・・?」
 
「・・・もっと、これがしたくなる・・・か?」
 
 
 
さっきの2回より深く口付けられながら、低い声で鼓膜を震わされるように囁かれる言葉に
夢中でコクコクと頷いたチェギョンは、離れたくないと思う気持ちを体現すべく
夫の首に自分の腕を巻きつかせて、救いを求めるように夫の口付けを強請っていた。
 
 
 
舌足らずに、何処か艶めいた甘い声音で呟かれた言葉・・・・。
再び自分の名前に不要なものが付け足されていたのは、不愉快だったが想定内でもあり
そんなことよりも、チェギョンが自分を熱っぽく欲してくれていることが
それを言葉と態度で、彼女自身が意識的に伝えてくれる事が、嬉しくて仕方ない。
 
強請られれば意地悪してみたくなる・・・と、僅かに思考の隅に過ぎった悪戯心は
自らの本能の欲求には到底逆らえず、チェギョンの欲するものをシンもまた欲しているのだと
素直に彼女に己を与え、そして彼もまた彼女から欲しいものを受け取った。
 
 
 
この部屋に入って以来会話らしい会話は殆ど無く、只管互いの口内を彷徨って揺蕩って
甘い時を堪能していたシンだったが、十代の男性の欲望は時に自分をも裏切る。
 
これ以上は、流石にここではマズイ、と、なけなしの理性をかき集めて
妻から自分を引き剥がすと、火照りを冷ます何かを求めて視線を室内に彷徨わせた。
 
 
 
 
 
 
「チェギョン・・・、あれ、は・・・・アルフレッドか・・・・?」
 
 
 
 
 
 
今まで感じたことの無いような大きな激痛がシンの頭部を襲って
一瞬にしてブラックアウトしてゆく彼の耳が、最後に聞いたのは
必死に自分の名を呼ぶ、腕の中の愛しい妻の声 ―――― 。
 
 
 
 
 
 
「シン君様っ!? シン君様っ!? シン君さまっ!!!!!」
 
 
 
 
 
 
どれ程呼んでも、夫は自分の身体に全体重を凭れ掛けたきりピクリとも動かなくなった。
慌てたチェギョンは、額に汗をかくほど必死になって夫の腕の中から抜け出すと
苦痛に歪んだ苦悶の表情を浮かべたまま、気を失っているシンを心配そうに見下ろす。
 
 
 
夫が倒れる直前に目にしたのは、チェストの上でチョコンと座っているテディ・ベアだった。