2人であの頃を思い出しながら色々話し、ゆったりと散歩を楽しんだ。
 
俺の腕はチェギョンの肩にあったが、木の根に度々まろびそうになる妻の
ほっそりとした華奢な腰に時たま絡めては、そこに今まで以上に熱情のようなモノを感じて
誤魔化すように吐いた吐息は、やはり熱かった。
 
目と目が合えば微笑み合い、そのまま無意識のように口付ける。
甘く・・・そして熱く・・・、何もかもが溶け出していきそうになって
このままもっと、違う事をしてしまいたくなる・・・・。
 
 
 
目に映るもの、耳に聞こえるもの、肌に触れるもの。
全部がさっきまでとはまるで違って感じられた。
 
 
 
たかだか幼い日の淡い初恋を思い出しただけのことが、そんなに浮かれる事か?
人が聞けば、そう言って失笑したかもしれない、本当に些細な取るに足らないことは
普通に生きてこなかった俺にとっては、奇跡をこの目でまざまざと見たとか
幻の宝物を、諦めた頃になって漸く手に入れたとか、そういうトクベツナモノだった。
 
何度その可愛い耳元に「愛してる」と囁いても、言い足りなくて
零れた想いは想い人を引き寄せる仕草に、口付ける熱に成り代わって
もう、自分でもどうにもならない。
 
チェギョンは、といえば、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか
只管可愛らしく微笑んで、俺の少しばかり行き過ぎる行為も優しく受け入れてくれた。
 
 
 
「あ、アダムぅ~~~♪」
 
「おんっ♪」
 
 
 
俺と妻の蜜月は、その一瞬のやり取りで水泡に帰した。
 
 
 
「これが、“犬” のアダムか?」
 
「はい、そうです♪アダム!こちらが私のご主人様のシン君様よ?ご挨拶は?」
 
「う゛う゛ぅぅ~~~~~~~っっ」
 
「・・・・・。」
 
 
 
チェギョンがいくらとりなそうとしても、チェギョンの肩に置いた俺の手を睨みつけながら
唸る事を止めない白毛のムク犬は、その内俺を無視することに決めたらしく
チェギョンだけを見て嬉しそうに飛びついてきた。
 
立ち上がると小柄なチェギョンの肩に前足が乗る大きさのそいつは
俺の大事な大事な妻の、俺が大好きな大好きなホッペに、ベロベロと舌を這わせた!!!
 
 
 
「や、やぁーん///ア、ダムゥ~・・や、やめてぇ~~~///」
 
(チェギョンッ!!!なんだその、妙に艶めかしい声はっ!?!?)
 
 
 
かろうじて声には出さなかったが、相手が犬だろうがなんだろうが
こいつにそんな声を出させていいのは俺だけだっ!!!!!
 
・・・とばかりに、チェギョンからそいつをベリリッと引き剥がして
密かに悪意を持って、テイッと押した。
 
コテン!と転がって尻餅をついたそいつに、フフンッ♪と嗤うと
そんな俺に一瞬殺意の籠もった視線を向けてくる。
 
ある意味、こいつの方がチェギョンよりよっぽど俺の気持ちを理解している・・・
というか、多分俺とこいつは同じ気持ちなんだろう。
 
 
 
(( チェギョンは、俺のもんだっ!!! ))
 
 
 
片方が飛びつけば、もう片方が押し返し
片方がチェギョンを舐めれば、もう一方は激しく唇を奪う。
 
そんな無言の、しかし苛烈な戦いは暫く続き
チェギョンが、俺とアイツによって、顔中をベロベロにされたことを
プリプリと怒り出したことで、やっと [一時休戦] になった。
 
結構真剣に怒り出したチェギョンを、暫く好きなように怒らせておくと
案の定俺の腕の中で、コテンと眠り姫になった。
 
俺にしてみれば、羽根のように軽い彼女を軽々と抱き上げて
俺にとって、初めての恋敵になったそいつを見下ろして、声をかけた。
 
 
 
「今までこいつをお前が守ってくれていたんだな。感謝するよ。
けど、これからは俺が守る。だからお前は諦めろ。
恨むんなら、お前を犬にした神様を恨め。 
 
それから・・・
 
こいつは俺と寝るから、お前は他で寝ろよっ!!!!」
 
 
 
犬相手に大人げないが、正直こいつが犬で良かったと思う。
俺は俺で、神様には感謝しなければいけなそうだ・・・・。
 
馬鹿馬鹿しい事にも一々熱くなる自分が、殊の外面白く思えて
クククッと腹の底から笑いが込み上げる。
 
歩き出してから、ふと振り向くと、犬のアダムがお座りをして俺をジッと見ていた。
 
その目が語る何かがやけに胸に迫り、俺は思わず軽く頭を下げてしまった。
自分でも不思議だったが、身体が自然と動いていた。
 
アダムは尻尾を地面に一度ピシリと叩き落とすと、ゆっくりと立ち上がって
俺たちとは反対の方へ歩き去っていった。
 
 
 
俺は再び歩き出しながら、チェギョンの寝顔を見て思った。
 
 
 
誰にでも隔てを置かず、愛を与えるこいつを愛してる。
そして俺は、これまでの孤独を取り戻すべく、こいつを独占したがるに違いない。
 
だからきっと、俺は今後一生、人間は勿論、犬だろうが草木だろうが
もしかしたら、こいつの夢に現れる俺以外の登場人物にさえ、酷く嫉妬するんだろうと思う。
 
 
 
「お前を全力で奪うと言ったが、お前の心を手に入れてもまだ、俺は全力で行かせて貰うぞ?
全力でお前を愛し、全力でお前を独占してやる。こんな俺に愛されたのも運命だと思って
お前は唯、全力で俺に、俺だけに愛されてろ。・・・・いいな?」
 
「ん・・・?ぅん・・・」
 
「クククッ。よし。返事は確かに貰ったぞ♪」
 
 
 
寝言を [諾] と、都合良く受け取って、俺達は家に帰って行った。
そこが俺にとって、本当の [家] になる、数時間前のささやかなひと時のことだった ――― 。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「これとこれを、こーやって・・・・。はい、出来ました♪
シン君様、あーんしてください♪」
 
 
 
一瞬照れ臭そうにしながらも口を開けたシンに、チェギョンは野菜巻きをポイッと放り込む。
今度は見よう見まねで掌に載せたサンチェの上に、肉や他の具を入れ、コチュジャンを
ちょっとだけかけて、チェギョンの指導を仰ぎながら不器用に巻いた野菜巻を
一瞬考えた後に、スンレに向かって差し出した。
 
そんなシンの行動に、家族は一瞬驚いたが、すかさずスンレが嬉しそうに口を開けると
チェギョンの真似をしてポンと放り込んで、少しだけ心配そうな顔でスンレの口許を見守った。
 
精一杯頬張って言葉が出せないスンレは、身振り手振りで美味しい、と伝えると
ホッと肩の力を抜いて、それから嬉しそうに微笑んでチェギョンを見た。
 
 
新たに息子になった青年は口数は然程多くは無い。
表情も、それほど豊かとは言えない。
 
 
数時間前に父の部屋で知った彼の壮絶な幼少期を思うと
こんな青年の一挙手一投足に、胸が潰れるほど切なくて仕方が無い気持ちになる
スンレとナムギルだったが、それを彼らに悟られまいと懸命に賑やかにしていた。
 
 
 
「ヒョン!はい、あーん♪」
 
「え?あ・・・。ああ///」
 
 
 
チェギョンによく似た笑顔で、屈託無く自分に話し掛けてくれる義弟チェジュンと
シンが親しくなるのに然程時間は要らなかった。僅かばかり照れながら口を開けたシンに
チェジュンお手製の野菜巻が放り込まれて、暫くするとシンが盛大にむせ始めた。
 
 
 
「チェ、チェジュン・・・これ・・・ゴホッ!」
 
「ヒョン、もしかして・・・唐辛子、ダメだった?」
 
 
 
悪気は無かったらしく、シュンと萎んだチェジュンにシンはフッと笑顔になると
「宮では、辛さ・甘さ・苦さ・しょっぱさ・酸っぱさのいわゆる五味は控えめなんだ。」
だから、あまり強い刺激には慣れてなくて、韓国人らしくないだろう?とふざけて見せた。
 
そんなシンの優しさにホッと素直に安堵の表情を浮かべたチェジュンに
「だけど、これからはチェギョンに特訓してもらって、少しずつ食べられるように頑張るよ。」
と、なんとも嬉しそうに笑いかけた。
 
チェギョンもこの話参戦してきて、あれこれとシンの特訓メニューを披露していくうちに
何故か明日は皆でキムチ作りに挑戦しよう!という話で盛り上がった。
 
食べ物に恐怖心があるだろうシンに対して、何も知らないチェジュン以外の家族は
少しでも食べる事を楽しいと思わせてあげたいと思っている。
 
ナムギル特製のシン家のキムチを恐る恐る口にしたシンが、美味しいと言った為に
この話になったのだが、張り切るナムギルを見てシンが言った言葉に
家族は大笑いすることとなる。
 
 
 
「キムチは我が国のオムニの味と聞いていましたが、本当はアボジの味なんですね。」
 
「ヒョンッ!違う違う!普通はオムニの味なんだよ!」
 
「そうです!うちは例外ですからこれを標準だと思っては
国中のオムニに申し訳が立ちません!」
 
「そうそう!シン君、普通はオムニなんだが、うちのオムニは・・・・・」
 
「あなたっ!!!」
 
「は、はいっ!」
 
「「うちのオムニは、キムチ作りが芸術的に下手なんだ(です)・・・」」
 
 
 
父に向かって何事かを叫ぶ母を尻目に、姉弟がシンにこっそり耳打ちで
シン家の秘密を教えてくれた。
 
 
 
「家族の秘密を知ったからには、シン君様ももう、シン家の一員ですよ♪」
 
「うん。ヒョン、外では絶対に言っちゃダメだよ?家族の秘密なんだからっ(笑)」
 
「ああ、了解した。(笑)」
 
 
 
些細な事なのに、家族の秘密を知って、家族の一員だと言われて
体中がくすぐったいような、不思議な嬉しさに包まれた。
 
チェギョンと想いを交わした高揚とは少し違う、もっとほんのりとした幸福感。
 
誰もがシンを、心から [家族] と受け入れて、隔たりも衒いも何も無く
ただ彼をフワリと “ 当たり前 ” のように存在させてくれる。
 
少し考えてからシンがポツリと呟いた。
 
 
 
「俺、お義父上のようなアッパになりたいな。」
 
 
 
途端、感極まって号泣し始めたナムギルと、それを宥めにかかるスンレもまた泣いていた。
何か悪い事でも言ったのだろうか?と硬直したシンに、チェギョンはただ微笑みかけ
チェジュンは嬉しそうに「親父!良かったな!皇太子殿下の理想のアッパだっ!」と言った。
 
それが嬉し泣きだったと知って、シンが安堵する頃には楽しかった食事は終わり
シン家恒例のゲーム大会が始まっていた。
 
 
 
新行の夜は、そうして更けてゆく。
 
家族の愛と、温もりと、愛しい者達に囲まれて・・・・・。