「おい、ユル。お前こんな所に出入りしてて大丈夫なのか?」
 
 
 
今日一日ムシャクシャ続きだったから、気分直しにと向かった行きつけのクラブで飲んでたら
幼馴染の1人に声をかけられたけど、どうにもアガらないテンションはそいつの次の言葉で
益々下降の一途を辿る事となる。
 
 
 
「・・・ったく。ダンマリかよ。
お前さ、婚約したんだろ?身辺整理はしっかりやっとけよ!?」
 
「!!! ・・・なんで、それを・・・? まだその話は・・・・」
 
 
 
僕の驚きなど見越してると言わんばかりに ニヤリと笑ったそいつは
種明しとばかりに何時に無く饒舌に話し始める。
 
 
 
「報道は抑えているらしいが、今度の宮でのパーティでお披露目なんだろ?
だから出席者たちには今夜付けで情報が解禁されたらしい。
お前もこんなところでボーッとしてないで、パパラッチとか気をつけろよ?
皇太子の時もそれなりに驚いたけどお前はそんなんだし
まだまだ婚姻なんて先の話だと思ってたから、さっき親からこの話を聞いてビビッたぜ。
皇室の早婚って、マジ半端無いんだな。高校生で皇子の1人は妻帯者、もう1人は予約済み?」
 
 
 
それなりの将来が約束されている代わりに、それなりの将来から逃げられないはずの
国内有数の大企業の息子だって驚くのが、宮というところらしい。
 
結局のところ、いくら金持ちと言っても 王族でも皇族でもないこいつはやっぱり庶民で
体内に流れる血の尊さが、国の重要文化財レベルの僕とお前とでは存在の重さが違うんだ
という皮肉を込めて返事をしながらも、底無しに下降し続けるテンションはどうにもならなくて
そんな皮肉も、すぐさま自嘲にすり替わって我が身を蝕んでいった。
 
 
 
「皇族男子なんて、子孫繁栄が責務の種馬だしね。
しかもその種は貴重で、あちこちばら撒かれても困るらしい。
早々に種蒔きする畑を限定して、せっせと子作りに専念しろってことだろ?
取りあえず何人か子供作るまでは、あてがわれた畑以外は耕せない。
さっさと仕事を終えて自由になりたいけど、最低でも数年かかるだろ?それって。
それに今後は宮の女官くらいしか手、出せなさそうだし・・・
まともにやってたら嫌になるよ。権力ぐらい欲しくなっても仕方ないよな?ククッ。」
 
「お前って、つくづく鬼畜だよな・・・。恐れ入るよ。
でも、そんなお前に嫁ぐ嫁は少しは大事にしてやったらどうだ?
俺さぁ・・・・、お前のフィアンセ殿とは ちょっとした知り合いなんだ。」
 
「・・・あの女、インともそういう関係だったのか?」
 
「馬鹿、そうじゃねぇよ。・・・ってか お前ら、もう そういう関係だったのかよ?
相変わらず手が早いっつーか、節操の無い男だよなぁ・・・。
顔と生い立ちで女達はコロッと騙されるけど、お前マジで少しヤリ過ぎだぞ!?」
 
 
 
僕のちょっとした一言に、過剰とも思える反応で返したことが
インらしくないなと思いながらも、この件で自分の首が絞まっているのだと思えば
些細な事など どうでも良くなって思わず愚痴も出てきてしまうのは仕方ないだろう?
 
 
 
「・・・その所為で予定が狂いまくりなんだけどね。
全く・・・僕としたことが、とんだビッチを掴まされたよ・・・。ハァ。
けど、そういうことなら あいつの男遍歴を使えば、この話を潰せるかも・・・・???」
 
 
 
話すうちに、何となく活路を見出したような気分になって
やっとテンションがアガりそうになったのに、一時の勝利の予感も
無情なインの言葉によって あっと言う間に蹴散らされてしまった。
 
 
 
「あのな?ユル。お前がどんな印象を彼女に持ってるか知らないが
彼女は、誰とでも寝る軽い女じゃ無いぞ? つか、相当ガード固いタイプ?
お前らがそういう関係だとしても、多分お前としかそんな事してないと思うぞ!
ハァ~・・・。俺、結構ショック・・・。わりとマジで狙ってたんだ、彼女のこと・・・。
まさかリアル皇子さま狙いだったとはなぁ~・・・。ガードも固かったわけだよ。」
 
「・・・なぁ?お前達ってどういう知り合い?」
 
「ん?ああ・・。姉貴と彼女が同じバレエ・スクールなんだ。
姉貴の場合は、よくある婚カツの経歴欄用の習い事レベルだけど、彼女は違っててさ。
殆ど毎日、夜遅くまで稽古に明け暮れて、休みの日なんか朝からミッチリ練習してるんだ。
彼女、すげー美人だろ? 姉貴を迎えに行ったときに何度か見かけて、最初は外見に
そのうちに、そのストイックな感じにグッと来て姉貴を介して友達になったんだ。
聞けばミン家の子だって言うし、家柄的にも本命で問題無いって解って
これから少しずつ距離を縮めて・・・・って思ってたら、お前に掻っ攫われたってオチ?
姉貴に、流石のあんたでも相手がユル殿下じゃ勝ち目が無いのも当然ねって笑われたよ。」
 
「へぇ・・・。あの女、バレエは本気でやってたんだ・・・。」
 
「ユル。だからってわけじゃないけど、あの子の事、大事にしてやってくれないか?
俺さ、ホントは今日、自棄酒でもあおってやろうと思って ここに来たんだ。
正直言って、お前の顔を見たとき、別のクラブに行き直そうかと帰りかけたんだけど
これだけはお前に言っておこうと思って、引き返した。
好きだ嫌いだは本人同士の感情だから、俺もどうこういうつもりは無い。
けど、見ず知らずの許婚といきなり結婚した皇太子だって随分上手くいってるみたいだし
昨日だって・・・・って・・・、お前にしたら気にいらねぇ話か。
皇太子夫婦が国民にウケがいいなんて・・・。けどさ、そういう意味でも彼女を大事にしてやれよ。
今は物珍しさで庶民出の皇太子妃が持て囃されてるけど、ヒョリンがマスコミの前に出れば
やっぱりお妃には王族の方が相応しいって風潮になるだろうからな!(笑)
んじゃ、俺はやっぱ今夜は帰るわ。お前もクラブ遊びなんて止めてとっとと帰れ!じゃなっ!」
 
 
 
ヒラヒラと手を振って帰っていった幼馴染を見送る事もせずに
咥えたタバコに火をつけようとしたものの、ぐしゃりと握りつぶして止めた。
 
 
 
(成る程、あいつは僕に忠告する為に、態々(わざわざ)戻ってきたってことか・・・・。
あの女狐を大事にしろだって? ・・・・・笑えないジョークか、泣けない感動秘話だな。)
 
 
 
あの女の所為で僕の予定は狂い出して、何もかもが急激に上手くいかなくなってきた。
要するにこの不愉快極まりない状況の源(みなもと)は、あの女なんだ。
 
確かにある一時期、あいつは僕にとって他の女とは違う存在だった。
事情含みで寝る王族の女達とは違って、純粋に楽しめる女はあいつだけだったから・・・。
 
でも今にして思えば、あいつが一番小狡いヤツって意味で他の女とは違っていたんだ。
 
僕は今、あの毒蜘蛛に絡め取られた憐れな虫のような気分にさせられて
こんなところで自棄酒をあおっているなんていう、屈辱を味合わされているんだから・・・。
 
特に今朝からの気分は最悪だった。
 
昨夜、音楽鑑賞の初公務を済ませた皇太子夫妻の睦まじい姿が
今朝の新聞各紙の一面を飾り、ワイドショーも大袈裟に報道しまくっていた。
 
朝一に目に飛び込んできた胸焼けする報道の一部始終を、何とか最後まで見続けて
自分がシンに一歩も二歩も出遅れたような焦燥に駆られていると
同じように感じていたらしい母から国際電話が入って、キンキンと五月蝿く耳元で喚かれた。
 
ヒョリンから衝撃的な話をされて、それでもまだ半信半疑でいた自分に
強烈な怒りをぶつけると共に、事実を半ば無理矢理認識させてくれたのも この母だった。
 
ミン家にハメられたのだ、なんと愚かしいことをしたのだ、と散々僕を詰(なじ)り
気が済んだら今度は、ほんの一呼吸前まで災厄呼ばわりしていたミン親子と上手くやれと
猫なで声で、僕にあれこれと策を話して聞かせた人・・・・・。
 
宮を、皇室を、欲に塗(まみ)れた自分の一族が更に富む為の道具としか思っていない母
から見れば、同じ穴の狢の存在はさぞ憎々しい存在だったのだろうがその内に
これから始まるだろう後嗣逆転劇には、足手まといになりかねないお嬢様育ちの令嬢よりも
生い立ちに多少の瑕疵はあっても血統的には間違いなく王族の姫であり
尚且つしたたかな本性を隠し持つ彼女は、この計画の参謀役も任せられて便利だと
何度か電話で直接ヒョリンと話したらしい母が言い出して、今度はあれよという間に
婚約の披露目の席を整えてしまった。
 
勝手に自分の知らないところで、自分を縛り付ける鎖の算段をされているみたいで
腹立たしかったけど、実際問題、このままシンを野放しにしておくのは得策ではないのだから
義誠君に衆目を集める慶事のニュースは不可欠だと納得してみせた僕に母は満足気だった。
 
何を考えているのか、その本心は息子の僕でも解らない母と僕はやはり似ているし
そんな僕達親子と渡り合えるヒョリンは、以前から何処かあの母と同じ匂いがしていたが
彼女もまた、僕達とよく似た食えないタイプの女だと解った今は
罪悪感とかを感じなくていい分、気楽な存在だと言えるのかもしれない・・・・・。
 
 
 
「イン・・・、お前に忠告されなくても、彼女を大事に扱うさ。
なんせ彼女は、[義誠君殿下]の大切なフィアンセ殿だからね?
でも[皇帝]の后は、残念ながらヒョリンでは務まらないんだよ。
母上がその座を逃がしたみたいに、ヒョリンもきっとその座には着けない。
だって、母上とヒョリンは似ているからね・・・?クククッ」
 
 
 
とっくに帰っていった友に対して今更ながらにそう呟くと、少し胸がスッとした。
 
 
 
ようやく家に帰る気になったユルは、スッと立ち上がると
奇妙な微笑みをその面に貼り付けたまま、ざわめく狂乱の宴が夜毎繰り広げられる
虚飾の世界をあとにして、暗闇の中に姿を消した。
 
 
 
彼が立ち去った後のカウンターには、ウイスキーグラスがゴロリと倒されていて
グラスの下には零れた液体でぐっしょりと濡れた今朝の新聞が、ゴミのように取り残された。
 
 
 
その新聞の一面トップには、妻を姫抱きに抱えあげた皇太子が
桃色に染まった妻の頬に口付けている写真が、カラーで大きく載せられており
【 美男美女の世紀のロイヤルカップルの仲睦まじい姿に、皇室支持率大幅アップ!! 】
という白抜きの大見出しが添えられた下に、以下のような記事が
些か興奮気味な論調で書かれていた ――― 。
 
 
 
『 昨夜の音楽鑑賞会に現れた皇太子御夫妻は、その秀麗な立ち居も然ることながら
  初公務の妃殿下を終始気遣う皇太子殿下の献身的な愛情に溢れた姿が多く見られ
  それに応える様に、慣れない公務でも笑顔を絶やさず立派に妃の役目を果たす妃殿下の
  信頼に満ちた視線で皇太子殿下に寄り添う姿は、まだ高校生の若さであっても
  見事に国民の手本として善き夫婦はかくあるべきと、その場に居合わせた誰もが感嘆した。
 
  公演後、主催者側との懇親を終えたご夫妻が、興奮した観客や記者団に囲まれ
  驚いた妃殿下が足を挫くというハプニングが起きたが、周囲に気遣われ
  大事無いとして、にこやかに振舞われる妃殿下を、殿下が徐に抱き上げてしまわれた。
 
  驚き慌てられた妃殿下に、殿下がニッコリと微笑みかけられ何事かを囁かれた後
  桃色に染まった妃殿下の頬に軽やかに唇を寄せられたのが、この紙面を飾る写真である。
 
  これまで皇室ご家族のスキンシップが国民の目に触れるところで行われた例は無い。
 
  皇族方のプライベートは常に国民の関心の的であるが、ぶ厚いベールの向こう側に
  存在している事が要因となって、時に下世話な噂を呼んでしまったりする。
 
  しかしながら、これからの皇室はこの御二方によって変わってゆかれるのかもしれない。
 
  先帝陛下の遺言によって結ばれた御二人の婚姻を危ぶむ声も時折聞かれていたが
  このような姿を見せていただけることは、国民にとって喜ばしい事であるのは間違いなく
  多くの国民はこの紙面を見て、ホッと安堵の吐息を漏らすだろう。
 
  睦まじい姿を隠す事無く我々の前でも見せてくださる両殿下の気さくなご気性に
  皇と民の距離が一層縮まる事を願って止まず、我々はこの若き皇太子ご夫妻が
  もたらしてくれるだろうそんな未来を一国民として、今後も温かい目で見守り続けたい。』